第26回 遠山元一(その二)
病気に苦しみ人の弱さを実感― 大儲けする陰で「教会」に駆け込んだ

 明治四十四年、遠山元一は、半田商店を辞めて、市村商店に移る事になった。

 事の顚末には、以前から患っていた盲腸が関わっている。七月の暑い盛り、盲腸がいよいよ激しく痛み、元一は駿河台の山龍堂病院に担ぎ込まれた。

 体質のためなのか、なかなか麻酔が効かず、手術は、結局、四時間半に及んだ。母の美以は、手術の次第を報告し、忙しいなか仕事を休んだ事を支配人の半田貞三に詫びた。

 半田は、手術の首尾を訊ねる事すらせずに、元一は、生意気で、怠け者で、人付き合いが悪い、などと罵詈雑言を浴びせたのだった。母を侮辱された元一は、半田を辞め、市村商店に移った。

 市村は、いわゆる「才取り」の店である。

「才取り」とは、証券取引所の市場での売買を媒介して、売買注文の付け合わせを行う、小規模の証券業者のこと。

 市村商店は、主人の市村と元一の二人きりだった。

 元一が、「才取り」で稼ぎ、市村が事務を司る、という営業形態だったけれど、もともと丈夫ではない元一は、たびたび病臥した。

 元一が働きにでなければ、市村も困るのだが、気の弱い、小心の市村は、はっきり不平を申し立てる事が出来ない。

 たまりかねた元一は、市村商店を辞め、代りに親友の松崎九一郎を紹介したのだった。
 漸く健康を取り戻した元一は、平沢商店に勤める事になった。

 平沢という人は、生馬の目を抜くという兜町では、場違いという程のいい人で、元一に云わせると、「日本一の好人物」であった。
 ただ、一つ大きな欠点があった。

 酒が好きで、遊びに行ってしまうと、三日も四日も帰らない。

 帰らない、というより帰れない。

 奥さんが恐くて、帰れないのである。