官々愕々
除染にみる行政と政治の責任

〔PHOTO〕gettyimages

 3・11をはさんで、複数の被災地を訪問した。そこであらためて強く感じたのは、原発事故の被災地は他と全く様相が異なるということだ。特に深刻なのは、除染の問題だ。政府は、自治体実施分も併せて数年内に除染は終わるとしている。しかし、これは嘘だ。

 実際には、除染が済んだところで、数週間後には数十倍高いレベルに戻ったなどという話が続々と出ている。再除染にも限界がある。国のガイドラインでは、住宅地周辺の山林の除染範囲は宅地から20m。放射性物質は山頂から流れてくるので何の意味もなさない。地元の建設会社などが指摘していたが、行政はこれを無視して除染を進めた。山林での作業は、宅地周辺であっても足場は悪く、重機も入らない。だが、単価は非常に安く設定され、これが手抜きの原因になっている。

 除染にいくらかかるのか。経産省傘下の独立行政法人の研究者は、福島の0・23マイクロシーベルトを超える地域のある45市町村の除染だけで30兆円はかかると試算した。実際はこれをさらに上回るだろう。

 ところが、国の計画では、3年で1・2兆円だ。こんなでたらめが生じる構造的な原因が二つある。第一は、東電を破綻させないという国の方針だ。除染費用は東電が負担することになっている。まともな除染をやったらそのコスト負担で東電が破綻してしまう。だから除染費用は大きくは増やせない。第二は、原発は安いことにしなければならないという政府の方針だ。原発を動かす最大の根拠が「コストが安い」ということだ。それを理由に原発再稼働につなげたいと考えているのに、除染の費用が膨らんで「原発は高い」ということになっては困るのだ。

 しかし、除染費用が何十倍にも膨れ上がることは今や誰の目にも明らかになって来た。そこで、年間の追加被曝線量の長期的な目標値を1ミリシーベルトから20ミリシーベルトに上げようという動きがある。本末転倒もいいところだ。

 住民が「元に戻してくれ」と言うのは当然の権利なのに、東電と政府・原子力ムラの都合でダメと言われているのだ。

 そして、この問題をさらに悪化させているのが、官僚と政治家の行動だ。被災地で聞いた話は、耳を疑うようなお役所仕事のオンパレード。汚染された雨どいは完全には除染できないから交換した方がよいのだが、新品にすると被災者が得してしまうからという役所のへ理屈でダメ。汚染土壌の仮置き場に放射線モニタリング装置をつけたいと言っても、安全なはずだから認められないと言う。究極の形式主義と無責任体質。

 地域によっては、もう帰れないと考える人達がどんどん増えている。子育て世代は戻って来ない。若者がいない町の将来は誰にでもわかる。もういい加減に大本営発表はやめた方がいい。

 では、どうすれば良いのか。

 まず、一軒ごとに周辺の山林も含めて土壌汚染まで調べてデータを全て公開する。その上で、本格除染に必要な時間と費用を東電や原子力ムラのタブーとは関係なく試算する。10年後、20年後の人口構造と自治体財政の見通しも示す。仮置き場や中間貯蔵施設のことも議論する。そして、選択肢を考える。同じ大金を使うなら、違った使い道があるかもしれない。もっと前向きなシナリオがあるかもしれない。真実を知れば、住民の選択も変わるはずだ。

 除染は初めての作業。当初の無知、失敗は仕方ない。しかし、過ちに気づいた後も批判を恐れ、責任逃れのために辻褄合わせに終始する官僚と政治家たちの無責任さは決して許されるものではない。

『週刊現代』2013年3月30日号より

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「核のゴミ」を処理できないという大問題の解決策がない以上、「原子力は悪である」という前提に立った上で取り扱うべきだという「倫理感」が国民の共通基盤になるはずだという筆者の思いは、熱く、なおかつ説得力がある。
 福島第一原発の事故で原発の恐ろしさに目覚めた人、原子力ムラの企みと横暴に怒りを感じた人、そして「脱原発」を目指す多くの人に、真実を伝え、考える道筋を示し、そして希望を与える「魂のメッセージ」。