奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」
2013年03月16日(土) 奥村 隆

奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」【第21回】
ふだんは穏やかな常識人が、信じられないほど横暴になるとき

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【第20回】はこちらをご覧ください。

兄貴のように優しく面倒を見てくれた人

 数日前のこと、僕は、職場からそう離れていない繁華街の中華料理店で、「恩人」とも言えるOさん夫婦と料理の卓を囲んでいた。

 Oさんは僕が勤めるテレビ局の先輩で、入社以来、よく一緒に仕事をしてきた。企画の立て方といった大きなことから、日常の細かなルーティンワークまで、仕事のノウハウを一から丁寧に叩き込んでくれた人である。

 仕事でお世話になっただけではない。そもそも、就活が絶望的な状況になり、将来の進路に悩んでいた学生時代の僕に、テレビの世界に飛び込むことを決意させてくれた人がOさんだった。単なる恩人を超えて、職業人としての僕の「生みの親」なのである。

 大学4年生の春、僕は「空気を読めない発言の多さ」や「相手の気持ちに配慮せず本当のことを言いすぎてしまう傾向」が原因で、多くの面接官に嫌われ、入社試験の面接に落ちまくっていた。そんなとき、小さなテレビ局(現在の僕の職場だ)で働くサークルの先輩・Kさんを訪ねたことがきっかけで、その局の人たちからいろいろな話を聞くことができた。

 中でも、僕を最も元気づけてくれたのはOさんだった。「面接に落ち続ける僕は"ダメ人間"じゃないかと思うんです」と悩みを打ち明けた僕に対して、「君はダメ人間なんかじゃない。個性的なだけだ。この職場は、君のような個性的な人間を大歓迎するよ」と温かい言葉をかけてくれたディレクター、それがOさんだったのだ(第19回参照)。

 Oさんのおかげで、僕の中に初めて「世の中でやっていけるかもしれない」という自信が生まれ、天職に出会うことができた。彼の言葉を、僕はいつまでも忘れないだろう。

 Oさんはその後も、職場の後輩になった僕をずっと気にかけてくれていた。僕が仕事で失敗して落ち込んでいるときは、わざわざ席まで来て、「俺も若い頃には似たようなミスをやったもんだ。気にするな」と励ましてくれた。また、僕の手掛けた企画は本当によく見てくれていて、些細な部分でも気に入れば、「お前、ずいぶん成長したな」とか「あの切り口は斬新でいいと思うよ」などとマメに声をかけてくれた。

 同世代の同僚たちと比べても、僕は入社後の数年間でかなり充実した仕事をさせてもらった方だと思うが、それはOさんの教えと励ましによるところが大きい。あるとき、仕事帰りに居酒屋で2人で飲んでいたとき、僕は改めてお礼を言った。

 「Oさんの下に付けて僕は本当にラッキーでした。入社前も入社後も、ずっと兄貴みたいによくして頂いて、本当に嬉しいです。ありがとうございます」

 Oさんは「何を言ってるんだ、この馬鹿野郎」と答え、右手で首筋をぽりぽりと掻くと、「ちょっと電話してくる」と言って席を立ち、数分間戻ってこなかった。後で考えると、どうやら照れくさかったようだった。

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