第25回 遠山元一(その一)
だまされる幸福―人間通の「株屋」が、日興證券を創業する前夜

2013年03月22日(金) 福田 和也

 日興證券の初代社長、遠山元一は、その著書『兜町から』で、「だまされる幸福」という随筆を書いている。

倫理や道徳の基準はいかなることがあつても曲げてはいけないと思う。しかし世の中は理窟通りに動かぬ場合が多いのである。そこに義理人情の入りこむ隙がある(中略)つまらぬことだと分つていながら、つい、ほだされるのである。だからこれは、よいとかわるいとかいうよりも、やむを得ない現実に押されての諦めであり悟りであるとも見られる。私は、だまされることを誇りとしたり、奨励したりするのではない。同じ後味のわるさといつても、だました方とだまされた方では大きな開きがあるだろう。だまされることは本質的に云つて不名誉なことではないと思う

 此処には、人情家という水準を超越した、人間通、世間通の面目がある。

 音楽評論家、遠山一行氏は、その父の面影を、こう記している。

父には、特にこれといった逸話はない。少なくとも私は知らない。しかしながら、父を平凡な人間というわけにはゆかない。自分の父ではあるが、やはり非凡な人間と感じる。(中略)父が、ある程度の財を築いたのは、私の知るかぎり、驚くべく簡単な方法によるものである。日本の資本主義の成長を信じて、買った株は決して売らない。この簡単な理屈を、しかし、父以外のどれだけの人が実行し得ただろうか。これは、やはり非凡なことではないか。/父はしばしば人にだまされた。あれだけ苦労をしてきた人なのに、とふしぎなことにも思われるが、だまされてもぐずぐずいわずに一歩退き、しかしまた、くりかえしだまされた。人がいいともいえるだろうが、その辺には父の独特の考え方もあったようである」(「おやじ」『朝日ジャーナル』昭和三十八年十二月十五日号)

 遠山元一は、明治二十三年七月二十一日、比企郡三保谷村大字白井沼に生まれた。

 生家は、いわゆる豪農であったという。

 しかし、ほどなくして実家は零落した。

 十五歳で東京に出て、水野錬太郎の書生になった。

 水野は内務官僚として一世を風靡した人物。内務参事官、神社局長、土木局長、地方局長を歴任した人物で、寺内正毅内閣で、内相を務めた後、朝鮮総督府政務総監を務めている。

 戦時中は興亜同盟副総裁を務め、戦後戦犯として逮捕されたが、昭和二十二年に釈放後、ほどなく死去した。

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