官々愕々
あれから2年。全てが元の木阿弥

〔PHOTO〕gettyimages

 あの3月11日から2年。地震と津波と原発事故。自然災害の人知を超えた恐ろしさと原発安全神話に騙されていた人間の愚かさ。その惨状を目の当たりにして、被災者ばかりではなく、多くの国民が心の底から、今までの考え方を見直さなければと思った。

 しかし、大きな変化は、必ず既得権を持つ人々の強い抵抗を生む。そして、時の経過は人々の思いを薄れさせ、旧に復すことの方が心地よいという感情を抱かせる。

 今、民主党から自民党に政権が移ったことで、その流れが加速している。古い自民党時代の政治に逆戻りしているのに、人々は、自民党が日本の政治を民主党の失政から新たな成功の道筋に導いてくれるという錯覚に陥っているかのようだ。

 民主党政権誕生と東日本大震災。いずれも日本が変わるきっかけになるはずだった。

 ところが、現実は、「元の木阿弥」。

 自民党から民主党への政権交代の時、期待されたのは、官僚主導から政治主導へ。そしてコンクリートから人へ。公共事業頼みの景気対策はなくし、財務省を頂点とする官僚支配も終わるはずだった。

 そして震災による津波で、「万里の長城」と讃えられた田老地区の防潮堤が呑み込まれ、堤防に頼る防災は止めようと思った。福島第一原発から水素爆発の煙が立ち上るのを見て、もう原発は要らないと思った。この事故を起こした原子力ムラ―経産省、原子力・安全保安院、原子力安全委員会、電力会社と族議員に鉄槌を下すべきだ、と思った。

 しかし、今起きていることは全く逆だ。

 東北の被災地の海岸には、「もっと高く」と巨大な防潮堤がどんどん建設されて行く。海岸沿いなのに町から海が見えない。住民の疑問の声は一切聞き入れられない。そして、全国で景気対策として無駄な道路建設が始まる。やってはいけないと言っていたバラマキの景気対策の完全復活。

 公取委員長と日銀総裁のポスト争いは財務省が連勝で両方確保。表舞台での財務省の完全復活だ。経産省は、原発事故の責任で鉄槌を下されるどころか、補正予算で当初予算を超える額を獲得して笑いが止まらない。国交省も農水省も嬉しい悲鳴をあげている。無駄なものでも止める者はいない。全てを官僚が仕切る官僚主導の完全復活。

 原発はゼロを目指すどころか、安倍政権は早くも再稼働に舵を切り、脱原発政策は放り投げて原発推進へまっしぐらだ。原子力ムラからの独立を目指して作られた原子力規制委員会と原子力規制庁。その規制庁は経産省と文科省からの出向者で固められ、幹部が日本原電に情報漏洩して、原子力ムラとのずぶずぶの癒着を曝け出したと思ったら、当の幹部官僚は、あっという間に文科省への凱旋帰還が認められて、名実ともに独立機関でないことがはっきりした。

 核燃料サイクルも継続の方向だ。世界最高水準の安全基準をと言っていたのに、わずか数ヵ月で出した基準骨子はスカスカのザル規制。パブリックコメントを受け付けたというが、その要件は何と「2000字以内」。小学生の読書感想文並みだ。専門的に詳細な意見を出されたら反論できないからだろう。このまま見切り発車の構えだ。

 電力システム改革も、発送電分離は、言葉だけが躍るが、内容は中途半端でしかもかなりの先送り。そのうち雲散霧消という狙いだろう。原子力ムラの完全復活だ。

 変われない日本。官僚のせいなのか、政治家のせいなのか。いや、変わることを恐れる私達国民自身の責任なのではないか。

『週刊現代』2013年3月23日号より

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「核のゴミ」を処理できないという大問題の解決策がない以上、「原子力は悪である」という前提に立った上で取り扱うべきだという「倫理感」が国民の共通基盤になるはずだという筆者の思いは、熱く、なおかつ説得力がある。
 福島第一原発の事故で原発の恐ろしさに目覚めた人、原子力ムラの企みと横暴に怒りを感じた人、そして「脱原発」を目指す多くの人に、真実を伝え、考える道筋を示し、そして希望を与える「魂のメッセージ」。