佐藤優インテリジェンス・レポート
『ローマ教皇の生前退位はイスラム教の台頭を封じ込めるカトリックの戦略』ほか

佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」Vol009より
【はじめに 】
今回の分析メモでは、ローマ教皇の生前辞任について、かなり詳しく書きました。この問題に関する日本人の論評では、もっとも深い内容になったと自負しています。また、イシャエフ露極東発展相の訪日をめぐっては、ロシアを担当する外務官僚の能力が基準に達していないことが露呈しました。少し厳しい表現になりましたが、「しっかり北方領土交渉を進めて欲しい」という、私から外務省へのエールです。

【目次】
―第1部― インテリジェンス・レポート
■分析メモ(No.20)「ローマ教皇ベネディクト16世の生前退位」
■分析メモ(No.21)「安倍晋三首相とイシャエフ露極東発展相の会見」
―第2部― 読書ノート
■出口汪 『超訳 鴎外の知恵』
■ジェラルド・L・カーチス 『岐路にさしかかった日本の外交・安保政策』
■樋口麗陽 『小説 日米戦争未来期』
―第3部― 質疑応答
―第4部― 文化放送「くにまるジャパン」発言録 
―第5部― 佐藤優さんの今後の予定(3月上旬まで)

分析メモ(No.20)「ローマ教皇ベネディクト16世の生前退位」

退位の日のベネディクト16世 〔PHOTO〕gettyimages

【重要ポイント】
ローマ教皇(法王)ベネディクト16世の生前退位は、健康な後継教皇の指導下で、カトリック教会がイスラム世界に対する巻き返しを図ろうとする世界戦略に基づいている。

新教皇の下で、カトリック教会は中国に対して攻勢をかけることになろう。

【事実関係】
2月28日、ローマ教皇(法王)ベネディクト16世が生前退位した。

【コメント】
1.―1
平均的日本人に関しては、ローマ教皇が政治的、宗教的にどのような意義を持っているかが、わかりにくい。この前提知識を欠いては、教皇の生前退位が今後の国際社会に与える影響を読み解けなくなる。

(略)

3.―1
カトリック教会においては、今日、コンスタンツ公会議のときと同じくらいの危機が生じているので、異例の教皇生前退位を行って、組織の立て直しを図っている。カトリック教会内部にも、聖職者による児童虐待に対する教会の責任、避妊容認、同性愛容認を求める信者の声にどう対処するかという問題があるが、これらの内部問題とともに見落としてはならないのがバチカンの世界戦略だ。

ベネディクト16世は、2006年9月にイスラム教の聖戦(ジハード)を批判したが、これは教皇の個人的発言ではなく、バチカンの世界戦略に基づくものだ。台頭するイスラム教を封じ込め、巻き返すためには教皇が健康で、戦略を立て、実行する中心に立たなくてはならないという危機感から異例の生前退位が行われたのだとの見方を筆者は取る。

カトリックの世界戦略に関して、イスラム世界に対する巻き返しを図るという点で、教皇候補となる枢機卿の間に見解の相違はない。

3.―2
教皇に選出される1年3ヵ月前の2004年1月19日にラッツィンガー枢機卿は、ドイツの著名な社会哲学者ユルゲン・ハーバーマスと討論会を行った。ラッツィンガーは、バチカンの教理聖省(昔の異端審問所)の長官をつとめたカトリック保守思想の代表者で、ハーバーマスは左翼リベラル派の「知の巨人」なので、この最初で最後の討論会は、哲学、神学関係者のみならず広範な知識人の関心を集めた。これまで接点がなかった2人を接近させたのは、アルカイダをはじめとするイスラーム過激派の台頭だ。

この討論会でラッツィンガーは、アルカイダの活動に強い関心を向け、・・・・・・

分析メモ(No.21)「安倍晋三首相とイシャエフ露極東発展相の会見」

【重要ポイント】
2月28日、国会内で行われた安倍晋三首相とイシャエフ露極東発展相の会見は、安倍訪露の準備として重要な役割を果たした。

当初、首相官邸はイシャエフのロシア内政における位置を正確に把握していなかった。そのため、官房副長官対応にとどめ、安倍首相との会見は予定されていなかったが、外務省ではなく森喜朗元首相、鈴木宗男・新党大地代表のイニシアティブによって会見が設定された。

【事実関係】
2月28日、国会内で、セミナー参加のために訪日中のビクトル・イシャエフ露極東発展相(兼極東管区大統領全権代表)が安倍晋三首相と会見した。

【コメント】
1.
2月21日、モスクワで森喜朗元首相とロシアのプーチン大統領が会談した後、4
月末に予定されている安倍首相の訪露を念頭において、日露間で興味深い情報のキャッチボールが行われている。

2.―1
同月28日、イシャエフ露極東発展相(兼極東管区大統領全権代表)が、国会内で安倍晋三首相と会見した。この会見には森喜朗元首相と鈴木宗男・新党大地代表も同席した。

2.―3
当初、首相官邸に「イシャエフはプーチン大統領から遠く、影響力を持たない」という不正確な情報が入った。そのため、官房副長官対応にとどめ、安倍首相との会見は予定されていなかったが、外務省ではなく森喜朗元首相、鈴木宗男・新党大地代表のイニシアティブによって会見が設定された。仮にイシャエフを冷遇する事態になっていれば、帰国後、同人がプーチン大統領に対して、「安倍政権の対露関係改善は見せかけだけで、実際にはその意欲はない」という報告を行うことは必至で、4月末の安倍首相訪露日程自体に影響を与える危険があった。

(略)

3.―1
今回のイシャエフに対する対応で、外務省並びにモスクワの日本大使館の情報収集、分析能力が基準に達していないことが露呈した。恐らくは、去年11月6日に汚職を理由に更迭されたセルジュコフ国防相とイシャエフが近い関係にあったため、その要因を外務省は過大に見積もったのであろう。しかし、・・・・・・