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あまりにも多くの「最期の瞬間」を見てきた医師の結論東大病院・救急部長が語る「死後の世界」
——人間は必ず死にます。でも、命には続きがあるのです

生きていれば、必ず死の瞬間はやってくる。だが、その先のことは誰にも分からない。死んだらそれで終わりなのか、それとも—。生と死が交錯する臨床の現場で、医師が体感した「命の神秘」。

最新医学でも説明できない

 私が勤務する東大病院では、年間3000人もの患者が集中治療室で治療を受けています。そこは生と死が隣り合わせの場所であり、私も臨床医として、日常的に多くの「死」に立ち会ってきました。

 現代医療には「エビデンス・ベースド・メディスン(EBM)」、つまり「証拠に基づく医療」という考え方がベースにあります。私たち医師もEBMを踏まえて患者さんの治療に当たるのですが、実は救急外来の現場では患者さんの疾患や障害の原因がどうしても解明できない、ということがしばしば起こります。

 現役の医師である私が言うのもおかしいかもしれませんが、これだけテクノロジーが発達した時代でも、医療の現場は最新の医学や科学をもってしても、まったく説明のつかない事象に満ちているといっても過言ではありません。

こう語るのは東京大学医学部附属病院救急部・集中治療部部長で、東京大学大学院医学系研究科・医学部救急医学分野教授の矢作直樹医師(57歳)だ。

 矢作医師は'81年に金沢大学医学部卒業後、麻酔科、救急・集中治療、外科、内科、手術部などを経験し、'99年に東京大学工学部精密機械工学科教授、'01年から現職につく。最先端の医療現場で起きる不可解な現象を幾多も経験する中で「死」についての考察を重ね、独自の死生観を主題とした著作を発表し続けている。

 例えば、ある時50代の女性患者が呼吸困難を訴えて来院されました。軽い肺気腫があるだけで、近所の医者から「初期の肺炎」と診断されて入院されたのです。症状はごく軽いものと思われたのですが、入院直後から体調が劇的に悪化して髄膜炎を発症し、私たち担当医も為す術がないまま、わずか1日半後に息を引き取ってしまったのです。これといった基礎疾患のない人が、どうしてこんなにあっけなく逝ってしまうのか。残念ながら現代の医学の観点からはまったくわかりませんでした。

 かと思えば、症状が重く、これはとても助からないと思われた患者が奇跡的に回復したりすることもあります。東大病院でも、年1~2回はそうした事例が起きています。心肺停止状態で脳機能に障害が出ているはずなのに、その後、ちゃんと回復し、脳のダメージもまったく残らなかったというケースもありました。どうしてそうなったのかは、誰にも説明できません。

 わからないことと言えば、「身体がこんなひどい状態なのに、なぜ生きていられたのか」と首をかしげざるを得ない遺体を、私は少なからず目にしてきました。それは、遺体を病理解剖する際、身体を開いてみて初めてわかることなのです。ほんの少し前まで命があったなんてとても信じられないほど、臓器をはじめ、どこもかしこもボロボロに傷んでいたりする。