ドイツ
老いか、病か・・・マハトマ・ガンジーになった父
〔PHOTO〕gettyimages

 88歳の父が下痢や嘔吐の症状で、夜中に救急病院に運ばれたという知らせが入ったのは1月の終わりだった。たいしたことはなく、6日後に退院したが、たった6日の間に足が弱り、全く立てなくなった。入院前は、杖を突いてよちよち歩いていたのが、寝たきりになってしまったのだ。

 家に連れて帰ってきたが、81歳の母の手には負えず、臨時の措置として、行きつけの近所の老人施設のショートステイに入れてもらった。しかし、ずっと置いてもらうわけにはいかない。そこで、弟と共に今後の対策を考えなくてはならなくなり、急遽、日本へ飛んだのが2月の初め。そのうち来ると思っていた介護の問題が、いよいよやって来たのである。

「僕はマハトマ・ガンジーだ」

 日本に着いたその日からあちこち飛び回り、ある介護老人保健施設に空き部屋があることが分かり、運よく一週間後には引っ越すことができた。集中リハビリをしてくれるそうで、また歩けるようになれば自宅に連れて帰れる。父も、「こんなにきれいなところを、よく見つけたね」と言ってくれたし、何よりも、すべてが私の短い滞在中に済んで一安心。3月末にまた日本に来るまで、しばらくここでおとなしくしていてほしいと願った。

 ところが翌日の夕方、早くも弟から連絡が入った。父がハンガー・ストライキをしているという。ご飯を食べないだけではなく、薬も飲まなければ、着替えもさせない。翌朝、慌てて駆けつけてみると、何てことはない、けろりとした顔をしている。私が飛んできたのが嬉しかったのかもしれないが、機嫌もすこぶるいい。

 「なぜ、ハンストなんてするの」と訊くと、「僕はマハトマ・ガンジーだ」と言った。いい加減にしてほしい! 「お昼ご飯は食べるでしょう」と言うと、あたかも心を入れ替えたような顔つきで、「食べる」と言った。

 時間になったので、車いすを押して食堂に行くと、皆が車椅子に座ってテーブルに付いていた。会話はない。テレビの音と介護士の声、そして、ときどき、どこからか意味不明な声が聞こえてくるだけだ。

 徐々に食事が運ばれてきた。付けてもらったエプロンを引きちぎろうとしている人がいる。口にスプーンがなかなか命中しない人もいれば、目の前の食事をぼんやりと眺めているだけの人、横に座った介護士に食べさせてもらっている人もいる。ただ、その光景は、おおよそ食事のそれとは思えない。見ていて激しく気が滅入った。

 父は、ひどく時間をかけて食べていた。ようやく食べ終わったので、「おいしかった?」と訊くと、「まずかった」と答えた。そう言われても困る。「おいしそうに見えたけど」。私のお腹がグーッとなった。

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