丸源ビルはどこへ行く!? 法人税法違反容疑で逮捕された「日本の不動産王」川本源司郎容疑者が語った「今後の夢」
〔PHOTO〕gettyimages

 「(高級クラブは)厚化粧の、昼間見たらキツネかタヌキかわからんような女を置いて商売しているが、もうそんな時代じゃない。ウチはどこでも一等地にある。"化け物"は、裏通りに引っ込んでもらって、美術館、美術品展示場といった文化的事業をやるつもりだ。ハワイもそう。何百点もある私のコレクションを飾る文化拠点にする」

 3月5日、法人税法違反容疑で逮捕された川本源司郎・丸源ビル代表(81)は、歯に衣着せぬ人だった。逮捕前、私が、脱税容疑での東京国税局の調査が、どこまで進んでいるかを尋ねると、「脱税なんてしてない。国税もわかってくれた」と、一蹴したうえで、こう「今後の夢」を語ったのだった。

人を信用せず、財務はすべてひとりで管理

 川本容疑者は、福岡県北九州市の裕福な呉服屋に生まれた。慶応大学を中退後、一旦は稼業を継いだものの、1961年、不動産賃貸業に転じた。飲食店に家具付きで店舗を貸し出す手法が受け、事業は順調に伸び、規模がある程度大きくなった67年、東京に進出。経済成長の波に乗って企業が接待に高級クラブを使うようになり、川本容疑者の名前の「源」を丸で囲んだ社交ビルが、銀座、赤坂、六本木のネオン街を席巻した。

 「日本有数の資産家」として内外のメディアに何度も採り上げられ、実際、東京・渋谷に豪邸、熱海に別荘、ハワイには50数億円(購入時)の邸宅を持ち、6,000万円の腕時計を身につけ、1億円のロールスロイスを乗り回す"成功"は、ピーク時に60棟以上あった丸源ビルの店子がもたらした。

 しかし、最近は、事業への意欲を急速に失っていたという。

 「もう(店子の)募集はしていない」という本人の言葉通り、丸源ビルには空き家が目立つ。グループの本拠地である銀座6丁目の第34丸源ビルも同様で、空き室だらけで寂しい限り。川本容疑者の商業登記簿上の住所は、事務所同様、最上階に置かれていたが、いつもロックされていて人気はない。

 未婚で子供のいない川本容疑者は、逮捕前、豪邸や別荘には寄りつかず、もっぱら都内のホテルのスィートルームで暮らしていた。孤独を好むというより、人を信用しない。財務はすべてひとりで管理、余人を寄せ付けなかった。それが効を奏して、これまで国税は「何度も調査に乗り出したが、証拠をつかむことができなかった」(国税OB)という。

 だが、「節税工作」の跡は歴然。グループには、丸源興産、みなもと興産、丸源、丸源商事、東京商事などの企業があるが、すべての代表を川本容疑者が務めており、"分社"に意味はない。しかも、社名と登記地を次々に替え、清算した会社を同じ社名で復活させるなど不可解な工作が繰り返されてきた。

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