官々愕々
メディアが書かない日米共同声明の真実

2月22日ワシントンで行われた会談後の様子 〔PHOTO〕gettyimages

 安倍総理の訪米で日本のTPP参加への扉が開いた。アベノミクスの「第三の矢」=成長戦略の目玉がようやく始動しそうなのだから、いいニュースと言っていいだろう。少なくとも大いなる間違いになりそうな「第二の矢」のバラマキ公共事業などと違って、至極まっとうな政策だ。しかし、「TPPを構造改革の起爆剤に」というマーケットの期待とは裏腹に、今回の日米協議の結果は、TPPをその真逆の方向に導きかねない危険な要素を含んでいる。

 まず、TPPに関する今回の日米共同声明をよく見る必要がある。安倍総理は、記者会見で「TPPでは聖域なき関税撤廃が前提ではないという認識に立った」と胸を張った。日本のメディアはその言葉をそのまま伝えたが、一方のオバマ大統領は会見をしていない。双方が会見すると声明の解釈に食い違いが出るからだろう。

 声明そのものには安倍総理の言うような言葉はない。「一方的に全ての関税撤廃をあらかじめ約束するよう求められるものではない」と書いてあるだけだ。交渉をする前に「あらかじめ」、他国の態度に無関係に自国だけ「一方的に」全ての関税撤廃を約束するなどという国があるはずがない。当たり前のことを書いて、それを安倍総理がことさら大きな成果として強調して見せただけのことだ。

 さらに、「日本には一定の農産品」というような「センシティビティ(重要品目)が存在する」ことを認めさせたと言うが、だから関税撤廃をしなくてよいとはもちろん書いていない。逆に、「米国には一定の工業製品」というような「センシティビティ」が存在することを認めてしまった。仮に日本の農産品の例外を認める趣旨だというのなら、米国の自動車の関税撤廃もしなくてよいということになってしまう。日本にとって最大のメリットを放棄したことになってしまうのだから大変な問題だ。

 今回の合意が安倍総理が言うようなものだと解釈できるのであれば、それはTPPによって、農業の競争力を飛躍的に向上させ、製造業の輸出環境を改善するという当初の目論見とは真逆の方向に向かっていることになる。

 TPP参加絶対反対を公約にして選挙に当選して来た多くの自民党議員は、今回の共同声明を受けて路線転換を余儀なくされそうだ。アベノミクス・フィーバーで支持率が上がる安倍総理が、聖域なき関税撤廃を前提にしないという認識に至ったと言っている以上、これに正面対決を挑むのは難しいからだ。しかし、もちろん、黙って引き下がるわけではない。2月26日の日経1面には「農業支援策 検討へ」という大見出しが躍った。官僚達は、またこの機会に膨大な予算を取れるとばかりに、既にどんな項目にしようか検討を始めている。

 1993年のウルグアイ・ラウンドの交渉妥結の際に6兆円もの農業対策を打ち出したが、その多くはハコモノなどの公共事業に使われ、結局農業の競争力は衰える一途となってしまった。今回も農協改革などの厳しい政策を検討する気配は微塵も感じられない。このまま行けば、おそらく20年前と同じ轍を踏むことになるだろう。

 事情はアメリカも同じ。今回日本側が、米国自動車産業に特別扱いを認めるかのような声明に合意してしまったことで、理不尽な要求を呼び起こすことになりそうだ。日米両国とも「守りのTPP」に向かって行く。そして、日本では農協・農水省・農水族議員、米では自動車業界と労組といった政治力のある既得権グループを温存して改革に水を差す。TPPの精神とは、そんなものだったのだろうか。

『週刊現代』2013年3月16日号より

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