「息子と僕のアスペルガー物語」 ライフ
奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」【第19回】
「自分の欠点がすべて武器になる職場」と出会った

【第18回】はこちらをご覧ください。

面接が何より苦手なため、就活は連戦連敗

 僕の就職活動にケリがついたのは、同級生に比べればすいぶん遅く、大学4年生の初夏のことだった。

 ゴールデンウィークが明け、さわやかな季節が続いていた。しかし、僕は就職先が決まらず、毎日、不安にさいなまれていた。何よりも、僕のように人間関係の構築が苦手な者を受け入れてくれる組織が世の中にあるのかどうか、さっぱりわからないのがつらかった(第16回参照)。

 就職活動は連戦連敗だった。ほとんどの会社で、一度目の面接から先に進むことができなかったのだ。他人の感情や欲求を察知する能力が著しく低く、コミュニケーション能力に難のある僕にとって、面接ほど苦手なものはない。就活というのは、そんな残酷な事実を突きつけられる日々だった。

 たとえば、ある銀行で面接を受けたときのこと。その面接は、面接官2人対学生3人という形で行われた。面接官はまず、3人並んだ僕たち学生に対し、「皆さんが入行すると、当行にとってどんな利益があると思いますか?」という質問を投げかけてきた。

 僕はその銀行の面接を受けるに当たって、もちろん、入念な準備をしていた。当時はバブル崩壊を受け、大手の銀行や証券会社の経営危機が取り沙汰され、破綻も始まっていた時代である。「絶大なる大蔵省の庇護のもと、銀行が潰れることは絶対にない」という"日本の常識"が、根拠なきただの与太話であることが急速に明らかになりつつあった。

 僕が面接を受けた銀行も、すでに各マスコミで「巨額の不良債権を抱えている」としきりに報道されていた。そこで僕は、新聞記事を読んで、その銀行が抱えているとされる不良債権の額を細かく暗記した。

 さらに、週刊誌が「いつ潰れてもおかしくない! 銀行の隠れ不良債権は本当はこんなにある」などと煽り気味に報じていた数字も、どこまで本当なのかよくわからなかったが、正確に覚え込んだ。フォトグラフィックメモリーの持ち主である僕にとって、きわめて簡単なことだった。

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