世界一わかりやすいスティグリッツの経済学
第8回 「比較優位の構造」

第7回はこちらをご覧ください。

 前回のコラムでは、取引はお互いにメリットを生むということを解説しました。

 感覚的に、自分の得意分野に集中した方がいいと感じている人が多いかもしれません。その感覚は、経済学の理論で考えても正しいのです。「特化」し、取引をすることは、お互いにとって利益があるのです。

 今回はこの話をもう少し掘り下げて「絶対優位」と「比較優位」について解説します。これが今回のkeywordです。

絶対優位と比較優位

 取引をすることで、お互いのメリットが生まれることを説明しました。ですがそれだけでなく社会全体のためにもなっているのです。今回は、なぜ2人がそれぞれ自分で捕るよりも、取引した方が全体として量が増えるのか、について考えます。

 2人とも8時間出かけて魚と鳥を捕りました。でも、結果として自分が得意なものに「特化」した方が、全体として量が増えています。

---なぜそうなるのか?

 これは、AさんとBさんで「効率」が違うからです。同じ時間をかけても、魚捕りはAさんの方が得意、鳥を捕るのはBさんの方が得意です。このような「相手と比べて優れているもの」を「絶対優位」といいます。そして、Aさんは「魚捕りに絶対優位を持つ」と表現します。

 重い荷物が運べるカレと、整理整頓が得意なカノジョが引っ越しをする時は、カレが荷物を運び入れて、その間にカノジョが部屋を整頓していく方がいいです。「協力し合って一緒に」というのも悪くはないですが、その場合、カノジョはカレと一緒に重い荷物も運び、カレはカノジョに怒られながら整理整頓の作業もしなければならないということです。

 それよりは、お互いが相手よりもうまくできること、つまり「絶対優位を持っていること」に専念した方がいいですよね。

---ただし、それは得意分野がはっきり分かれている時だけでは?

 たしかに、お互いの得意分野が明確に分かれていたら、分担するのが当然で、とてもわかりやすいです。しかし、そうでない場合も分担した方がお互いのメリットになるのです。

 今度は、AさんとBさんで捕れる量を変えて考えてみます。

 世の中には、いろんな人がいます。中には、顔もスタイルも頭もいい人がいます。つまり何でも周りの人よりできてしまう人がいるんです。反対に、「自分には何一つ特技がない」と悩んでいる人も大勢います。そんな2人の時はどうすればいいでしょうか?

 この表を見ると、魚も鳥もBさんの方がたくさん捕れるということが分かります。Bさんが魚と鳥の両方に「絶対優位を持っている」わけですね。このような時も取引した方がいいのでしょうか?

 Bさんの方が両方ともうまくできるんだったら、Bさんが両方やった方がいい。少なくともBさんはAさんと仕事を分担して獲物を山分けすると、確実に足を引っ張られて損をする。直観的にそう感じる人もいると思います。でも、実際は違います。こんなケースでもAさんはもちろん、Bさんも取引をした方がいいんです。

---なぜそうなるのか?

 結論から言いますと、自分の中で「比較的得意な方」に集中できるからです。確かにBさんはAさんよりたくさん魚を捕れ、たくさん鳥を捕れます。でも、ちょっと見方を変えると面白いことに気付きます。

 Bさんは8時間魚ばっかり捕っていると24匹、鳥ばっかり捕っていると12羽捕れます。ということは、鳥1羽を捕る時間で、魚は2匹捕れるということです。ではAさんも同様に考えてみます。Aさんは、鳥1羽を捕る時間で、魚を8匹捕れます。Bさんにとっては「鳥1羽=魚2匹」ですが、Aさんには「鳥1羽=魚8匹」なんですね。

 経済学的な表現をすると、Bさんは、「鳥1羽」と「魚2匹」のどちらかを選ぶトレードオフ、Aさんは、「鳥1羽」と「魚8匹」を選ぶトレードオフなのです。

 Bさんは、「鳥1羽」を選ぶと、「魚2匹」を失う(選べない)わけですが、もしAさんが「鳥1羽」を選ぶと、魚を8匹も失ってしまう。Aさんの方が代償が大きいのです。だとしたら、Aさんは鳥ではなく、魚を捕った方が効率がいいといことになります。

 なお、この「代償」は、前に説明した「機会費用」のことです。ある選択肢(「鳥1羽」)を選んだ時に、犠牲にしなければならないもの(「魚8匹」「魚2匹」)を「機会費用」と呼びましたね。

 「おいおい、それは単にAさんの都合でしょ? Bさんには関係ないよ」と思うかもしれません。でも、じつはBさんにとっても同じ結論になります。今度は「魚1匹」を捕る時の代償(機会費用)を考えてみます。

 Bさんは、魚1匹を捕る時間で鳥を「1/2羽」捕れる計算になります。よってBさんが魚を捕る場合、機会費用(代償)は「鳥1/2羽」になります。一方Aさんは、魚1匹を捕る時間で、鳥を「1/8羽」しかとれません。魚1匹の機会費用は「鳥1/8羽」なんです。Bさんが捕る魚の方が高くついていますね。だから、Bさんは、魚捕りをAさんに任せて、自分は鳥を捕るべきなんです。Bさんから見ても、「Aさんは魚、Bさんは鳥」の方が効率がいいと言うことが分かりました。

 このような、相手と比べて比較的得意なものを「比較優位」といいます。さきほどの「絶対優位」は、「相手より優れているもの」でした。自分と相手を比べて、たくさん魚を捕れる人が「魚捕りに絶対優位を持つ」わけです。

 しかし今度の「比較優位」は、たくさん捕れるかがポイントにはなりません。代償となるものを比べて、その機会費用が小さい方が「比較優位を持つ」のです。さっきの例で考えると、「Aさんは魚捕りに比較優位を持つ」「Bさんは鳥狩りに比較優位を持つ」と言えます。

 では、実際に「比較優位」を考慮して、作業分担を変えてみましょう。Aさんは8時間ずっと魚を捕り続けます。Bさんは、最初の2時間魚を捕って、残りの6時間で鳥を捕ります。これを「2人が4時間ずつ魚と鳥を捕る場合」と比較すると、

 2人が4時間ずつ魚と鳥を捕る場合は、

 比較優位を考慮して魚と鳥を捕る場合は、

 となります。

 比較優位を考慮した結果、捕れる合計量が増えています。魚を捕るのも、鳥を捕るのもBさんの方が得意なので、Aさんは悩んでいましたが、比較優位を考えれば、Aさんも生産量アップに貢献できるんです。これを「比較優位説(比較生産費説)」といいます。

 これは個人の話だけでなく、国家同士の貿易にも全く同じことが言えます。海に面しているA国は魚を捕り、内陸にあるB国は鳥を捕って、貿易すれば、両国にとってメリットが出るのです。

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