二宮寿朗「Jヴィレッジに重ねる復興への希望」

 3・11――未曾有の被害をもたらした東日本大震災から間もなく2年を迎える。
 過日、日本サッカー界初のナショナルトレーニングセンターとして親しまれてきたJヴィレッジを震災後初めて訪ねた。
その光景は、180度変わっていた。

聞こえなかったボールを蹴る音

 Jヴィレッジは福島県楢葉町、広野町の2つにまたがる広大な施設で、将来有望な選手を育成する「JFAアカデミー福島」の拠点となってきた。練習用ピッチを11面有し、スタジアムもある。宿泊設備も整っており、週末になると人で賑わっていた印象がある。
 筆者の記憶に強く残っているのは2006年5月、ジーコジャパンがドイツW杯に向かう前、国内最終キャンプを張ったときのこと。1万人以上のファンが駆けつけ、Jヴィレッジは人垣で埋め尽くされていた。

 しかし現在、ピッチに耳を傾けても誰かがボールを蹴る音は聞こえない。聞こえてくるのは砂利を踏むタイヤの音だけだ。ピッチの芝はすべて剥がされ、砂利道の駐車場になっていた。

 Jヴィレッジは震災で事故を引き起こした福島第一原子力発電所の20㎞圏内に入り、原発事故以降は、作業員と車両の除染、放射線検査(スクリーニング)の場となってきた。多くの作業員が出入りし、福島第一原発に向かう、または作業を終えて引き揚げるための中継地点の役割をこなしてきたのである。

 ただ、除染、放射線検査の会場が第一原発に移されるなど、Jヴィレッジの事故対応拠点としての機能は徐々に縮小されつつある。また昨年8月に楢葉町の警戒区域指定解除がなされたこともあって、同10月にはJヴィレッジを運営する「日本フットボールヴィレッジ」が将来的に、スポーツ施設に戻したいとする「Jヴィレッジ復興計画案」をまとめている。
 果たして、Jヴィレッジにサッカーが戻ってくるという現実はいつ来るのだろうか――。