奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」【第18回】 どの会社でも嫌われ、転職を繰り返して見つけた「生きる道」

2013年02月23日(土) 奥村 隆
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 彼は、視覚情報の「フォトグラフィックメモリー」に加えて、聴覚情報についても同じように、聞いたものをそのまま瞬時に記憶する能力を持っていた。そのため大学の4年間で、英語、ドイツ語、フランス語の3ヵ国語をマスターし、かなり高度な内容の会話をネイティブと交わしたり、原書を読んだりするなど、流暢に使いこなすまでになっていた。

 地元の金融機関の入社試験では、Yのペーパーテストの点数は断トツの高得点だったという。人事担当者は「君のように優秀な学生が、うちみたいな地方の金融機関に来てくれるなんて、信じられない!」と歓喜したそうだ。Yもそう言われて悪い気はしなかったらしく、僕に就職先が決まったことを告げるときの顔は、久しぶりに幸せそうだった。

 しかし、その幸福が続いたのは、入社前までだった。Yは入社した直後から、職場で周囲とトラブルを立て続けに起こしてしまったのだ。多くは、上司からの指示を正確に理解していなかったり、複数の仕事の重要度がわかっていなかったりしたために起きたトラブルだった。それも初歩的な間違いが多かったという。

 上司から、「これ、読んどいて」と数ページの書類を渡されて、一番上のページしか読まない、といったことは日常茶飯事。叱られると、「部長は、一番上のページを指さして『これを読んどいて』とおっしゃったじゃないですか。僕は言われた通りにしたんです。何が問題なんですか」と言い返す。

 いくつも仕事を振られると、重要なものや緊急性の高いものから片づけようとせず、命じられた順番にやろうとする。その結果、さほど重要でもない小さな仕事ばかりを進め、一方で、すぐに終えなければならない大切な仕事を何日も放ったらかしにしている。当然、上司は怒る。

 「お前はなぜ、こんな大切な書類を何日も寝かせといて、どうでもいいことばかりやってるんだ? 早く上に提出して、お偉方たちのハンコをもらわないと、デッドラインが過ぎて大変なことになるんだぞ」

 「そんなに大切なものなら、最初に僕に振るとき、『これを最優先でやれと』と指示してください」

 「馬鹿野郎! そんなことは普通、ちょっと考えればわかるだろうが」

 「わかりません。普通と言われても、何が普通かもわかりません」

 「だからお前はダメなんだよ」

 「『やれ』と言われてもないことはできません。それがなぜダメなのか、僕にはわかりません。

 また、部長は先ほど、僕を馬鹿野郎とおっしゃいましたが、僕は自分は馬鹿野郎ではないと考えています。僕を馬鹿野郎と呼ぶのなら、その論拠を示してください」

次ページ  顔を真っ赤にして怒鳴る上司と…
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