特別読み物 世界の一流選手は知っている
「スポーツは気持ちの強さで決まる」
ウサイン・ボルト ローリー・マキロイ メッシ イチローほか

 確かに「天賦の才」は存在する。だが、生まれ落ちた瞬間にすべてが決まるとしたら、人生はきっと退屈だろう。心の持ちようで大逆転劇が起こり得るからこそ、人間ドラマは味わい深いのだ。

もし突然不安に襲われたら

「あと30年かかる」

 専門家がそう分析していた9秒5台の壁をやすやすと突破し、ひとり別世界を行くウサイン・ボルト(26歳)。だが9年前、彼が引退の危機にあったことは、あまり知られていない。

「ボルトのストロングポイントは秒速12m(時速44km)といわれる驚異的なトップスピード、そして他の一流選手の平均を30cm近く上回る2m75cmもの歩幅にあります。ですが、196cmの恵まれた身体が超人的な推進力を得るまでの道のりは平坦ではなかった。脊柱側湾症という持病がジャマをしたのです。背骨がS字状に曲がっているため、ボルトの上半身は大きく上下動。いびつなフォームにより筋肉が悲鳴をあげ、故障続きだった」(専門誌記者)

 '04年のアテネ五輪は一次予選で敗退。限界説が囁かれる中、ボルトが選んだのは引退ではなく、「悲鳴をあげない筋肉作り」だった。

 アテネ五輪体操団体金メダリストでメンタルトレーナーの米田功氏は、ボルトの心の強さに驚愕する。

「勝つためにはとにかく、『自分を信じる』ことが大事です。ボルトはこれまで、ずっと勝ち続けてきたわけではない。ロンドン五輪の前にはジャマイカ選手権で若い選手に負けたりしているのに、焦ることもなく、『俺は伝説になりたい』と公言している。自分を信じきっている凄味を感じます」

 ギリシア彫刻のような肉体を得たボルトは'07年の世界選手権で2位。翌'08年の北京五輪で頂点に立つと、'09年に9秒58の世界新記録をマークした。だが、肉体改造はステップのひとつ。むしろ限界説に屈せず、一から肉体改造をやり遂げた心の強さがボルトを世界トップの存在にした。

 象徴的だったのが'11年、韓国テグで行われた世界陸上。ボルトは100m決勝でフライングし、まさかの失格。続く200mへの影響が心配されたが、結果はなんと、その年の最高タイムで優勝。レース後、ボルトはこう言い放った。

「緊張しなかった。100mのフライングは、ただの失敗さ」

 米田氏が感嘆する。

「失敗したという現実をちゃんと受け止めたことによって、200mを別のレースとして迎えられたのです。簡単に見えて、なかなかできることではない。これは体操も同じで、トップ選手でも前の演技でミスをすると『今日は何かおかしいな』と不安に襲われてしまうケースが多い。本番でいきなり前の失敗は忘れろと言われたって無理。普段から、どれだけ気持ちを切り替える訓練をしてきたかによります。ボルトはすでに勝つための経験や練習を十分に積んでいる、ということではないでしょうか」