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特別対談 ヤクザとケイサツ「攻防の秘話」明かす「大阪府警マル暴刑事の仁義なき戦い」
田中森一(闇社会の守護神)×森功(『大阪府警暴力団担当刑事』著者)

 芸能・スポーツ界から政治・経済界に至るまで、広く日本の社会に浸透してきた暴力団のネットワーク。

「この程度(の暴力団との付き合い)で引退しなければならないんですぅ」

 2011年8月、そう捨て台詞を残して芸能界を去った大物芸人・島田紳助(56)だけではない。それは、時に刑事事件に暗い影を落とす。暴力団との交わりに光があたり、世間の話題をさらう。

 2月20日、ノンフィクション作家の森功氏が『大阪府警暴力団担当刑事―「祝井十吾」の事件簿』(講談社)を上梓した。日本最大の暴力団「山口組」と長年、対峙してきた大阪府警捜査四課のマル暴刑事たちによる捜査の内幕ドキュメントである。描かれる業界は震撼必至だ。

  '11年に暴力団排除条例が全国に行きわたり、昨年7月に暴力団対策法が改正された。警察当局による暴力団の取り締まりはますます強化されている。来る3月22日には、山口組ナンバーツーの若頭、髙山清司弘道会会長(65)が京都の建設業者から4000万円を脅し取ったとされる恐喝事件が判決を迎える。

 日本の社会構造に組み込まれた暴力団のあり様と暴力団捜査について、森功氏と元特捜検事の田中森一氏に語ってもらった。言うまでもなく田中氏は、東京・大阪の両地検特捜部で辣腕検事として鳴らし、弁護士転身後は、〝闇社会の守護神〟の異名をとった裏社会と捜査の両方に精通するスペシャリストだ。戦後最大の経済事件と言われた「イトマン事件」を引き起こした許永中(受刑者)とともに石橋産業の手形詐欺事件にかかわり、大津市の滋賀刑務所に5年近く服役。昨年11月に出所したばかりである。

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たなか・もりかず 1943年生まれ。大阪、東京両地検特捜部検事を経験。退官後、弁護士としてイトマン事件にかかわる。著書に『反転 闇社会の守護神と呼ばれて』(幻冬舎)

田中 実は今度の山口組・髙山若頭による恐喝事件の被害者とされる上田藤兵衛さんは、古くからの知り合いなんです。上田さんは自民党系の同和団体で被差別部落の解放運動に取り組んでこられ、京都のややこしい事情にも通じている。それで弁護士活動をする際に京都事情を尋ねたりしているうち、懇意になった。私が服役する前には、築地の料亭で送別会をしてもらったほどの仲なんです。

森 さすが人脈が広いですね。上田さんには私も会い、この本の中でも恐喝事件について書きました。本の主人公である元大阪府警捜査四課の祝井十吾(仮名)は、山口組のトップに君臨する若頭の事件だけに、ことのほか気にかけていました。『暴対法ができて20年も経つのに、こんな出来事がいまだにまかり通っていた』と嘆いていましたね。

田中 それだけヤクザや暴力団が日本の社会に根付いているという証左でしょうね。理想を言えば暴力団は根絶すべきだが、日本社会の中で必要とされている部分が残っており、まだまだつながりを断ち切れないのが現実です。

森 田中さんは大阪地検時代、もっぱら特捜部にいて捜査をしてきました。関西は山口組のお膝元でもある。捜査する側として暴力団をどう見ていましたか。

1000万円の〝お車代〟

田中 特捜部というところはもっぱら経済事件を扱うので、直接暴力団を捜査することはありません。ただ、関係がないかといえばそうではない。たとえば大物の企業整理屋を摘発したことがあるが、彼らは暴力団を背景にしています。経済事件にヤクザの影がちらつくことは多い。3000億円が闇に消えたとされるイトマン事件では、大阪の特捜部がそのカネの流れを追及していった。その中で宅見(勝・元山口組若頭)さんに数十億円が流れたとも伝え聞いています。でも事件全体に比べると、大した金額ではない。だから特捜部も、ヤクザの捜査に重きを置いたわけではありませんでした。

もり・いさお 1961年生まれ。『週刊新潮』編集部を経てフリーに。著書に『許永中』『同和と銀行』(ともに講談社+α文庫)、『なぜ院長は「逃亡犯」にされたのか』(講談社)他

森 イトマンは田中さんが弁護士になってからの事件で、当然ながら検事時代と逆の立場からアウトローたちと接していたわけですね。田中さんは弁護士転身後、イトマン事件の主役である許永中と親しくなり、彼のパートナーだった伊藤寿永光の代理人弁護士、そして山口組若頭だった宅見勝の法律顧問でもあった。イトマン事件でも資金の流れを追う捜査は難航したけれど、大阪府警のマル暴刑事たちは暴力団の資金源や経済活動の解明に心血を注いでいます。暴力団はどのようにカネを使っているんでしょうか。

田中 とくにバブル景気当時はブラックマネーが盛んに動いていて、その大部分がヤクザのカネでした。たとえば東急電鉄株を仕掛けた仕手集団「誠備グループ」の加藤暠。その仕手株に資金を流していたのが、稲川会(会長の石井進)だった。あるいは「光進」の小谷光浩の仕手戦もブラックマネー絡み。

 今みたいに証券取引等監視委員会がうるさくなかったから、そうしたカネが動きやすかった面もあります。それで、仕手戦に失敗して失踪・行方不明になったのが、元山口組系組長から仕手筋になった「コスモポリタングループ」の池田保次。ヤクザのカネを使って環境設備メーカー「タクマ」株の上げ下げをし、私がそのタクマの顧問弁護士として対抗しました。

大阪府警暴力団担当刑事―「祝井十吾」の事件簿
森 功 (著)
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森 バブル景気のときは、失踪だけでなく暴力団やその周辺者による謎の自殺や怪死がたくさんありました。しかし、真相の解明に至っていないケースが多い。祝井十吾は、暴力団そのものはもちろん、周辺者の捜査を綿密に繰り返しながら、事件の真相に迫ろうとしています。株絡みの経済事件でいえば、パチンコ情報誌の販売で荒稼ぎし、株価操縦を繰り返した「梁山泊グループ」の豊臣春國らを逮捕しています。私自身、今度の取材で豊臣にインタビューしましたが、府警の狙いが山口組幹部と彼の関係解明や、不透明なカネの使い道にあったのは間違いない。府警の調べによると、なにしろ豊臣の使途不明金はひと月に1億円を超え、50億円がどこかへ消えているんですから。

田中 しかし彼らにしてみたらまさしくあぶく銭なので、どこへ行ったかなんて覚えていない。それが捜査の難しいところでもあります。たとえば大阪の有名な博徒である組長は、「朝起きると毎日枕元に600万円の現金が積んである」と言っていました。賭場を開いたアガリです。だが、その使い道なんかはいちいち気にしていないから、記憶にない。検事時代、カネの使い道を覚えていないなんていう被疑者がいたらどやしつけていましたけど、本当に分からん。それを弁護士になってから実感しました。その組長は初対面の私と食事をした後、手土産を持たせてくれたんですが、その中に1000万円の〝お車代〟が入っていました。

森 それはすごい。大物組長やその周辺者には、往々にしてそうしたタニマチ的な部分がありますね。梁山泊の豊臣の側近もそうでした。あの島田紳助をはじめ芸能・スポーツ界の著名人をネオン街に連れ歩いたり、高価なプレゼントをしたり。果ては問題の株取引を勧め、祝井たち捜査員の目に留まってマークされる羽目になりました。金銭感覚が麻痺しているといえばそれまでだけど、そもそも暴力団やその周辺者は、なぜ芸能人たちと付き合いたがるのでしょうか。

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