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元リクルート会長江副浩正「起業家養成企業」を築いた功績と晩年
江副氏率いるリクルートが最高潮だった頃。ダンスのお相手は、全日本社交ダンスチャンプの桜本智美さん

「江副さんは〝採用狂〟。採用を世界で一番重視した社長だと思います。人材採用の面接のために、銀行頭取との面会の約束を蹴ったこともあります。私の採用のときも、当時リクルートにはライン採用がなかったにもかかわらず、私が『教育しか興味がない』と言ったため、江副さんは人事教育事業のライン採用でもいいから入らないかと言ってくれました」

 リクルートに24年勤め、都内公立中学で初の民間人校長となった藤原和博氏(杉並区立和田中学前校長)は、語る。

「江副さんが作ったスローガンがあって、それが社のカルチャーになっていました。『自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ』です。入社した者は皆その言葉が好きで、言葉をプレートに刻んで机に置いている者もいました」

 2月8日、リクルート元会長の江副浩正氏が死去した。享年76。わずか3人の社員とともに、〝サークルの延長〟として興した大学新聞の広告会社を、年商数千億円の大企業「リクルート」にまで育て上げた伝説的な経営者だ。

 実際、江副氏のもとで育った人材は百花繚乱の趣がある。人材サービス「リンクアンドモチベーション」の小笹芳央社長(51・ '86 年入社)やバンダイの社外取締役松永真理氏(58・ '77 年入社)をはじめ、IT、不動産、教育などの経営トップには、リクルート出身者がごろごろいる。

 上の写真は '85年、同社創立25周年記念式典の席上、居並ぶ社員たちの前で、満面の笑みを浮かべながら趣味の社交ダンスを披露する在りし日の江副氏だ。

 ただし、世間的には絶頂期と見られていたこの時期、江副氏は壁にぶち当たっていた。情報誌事業という鉱脈をほぼ掘り尽くしたあと、新たな事業のテーマが見出せずに模索していたのである。