「江戸の小判ゲーム」著:山室恭子
チーム定信で働きたい!

 職業は公務員。モノを創り出すのではなく、世の中の不具合を調整する役回りでございます。なんて申し上げると、地味でみみっちい、気宇壮大さのカケラもない仕事だろどうせ、とお考えかもしれませんが。

 どうしてどうして。日々これ疾風怒濤、机上のプランを現場にぶつけてコケてはリベンジ、またコケてはリベンジの繰り返し、気づけば当初のプランはあとかたもなく吹っ飛んでいるという、意外性にあふれるクリエイティブな職場でございます。

 つい先ごろ成就させた町会所(まちかいしょ)プロジェクトを例に取ってお話ししましょうか。

 はじめに勘定奉行の柳生様から御発議があったときは、「この物価高の世の中を何とかしたい」という御趣旨でございました。利幅を大きくしようと無用な飾りを付けた高額商品が出回っておる。仕入れ値が高いから売り値も高くなってしまうのだ。ならば、江戸の町のすべての物の値段をいっせいに二割引き下げさせ、安く仕入れて安く売るようにすれば、みなが暮らしやすくなってよろしいのではないか。

 大胆極まるこの起爆剤を受けて、ああだこうだと政策論議が沸騰いたします。うち次のステップとして選ばれたのはリーダーの松平定信公の御提案でございました。何か見返りがなければ値段を下げさせるのは難しかろう。たとえば月々支払っている家賃が値下げになれば、商人たちは売り値を下げても損はしない。でも家賃を値下げさせれば、家賃収入で暮らしている地主たちから苦情が出よう。どうじゃ、地主たちが支払っている「町入用(ちょういりよう)」=町の共益費を削減してみては。

 町入用削減↑地主喜ぶ↑家賃値下げ↑商人喜ぶ↑商品値下げ、と玉突き現象を狙おうというスケールの大きな作戦です。たしかに火消しの装束がむやみと派手になったり、夜回りたちが自身番所で盛大に飲み食いしたり、江戸っ子の気風(きっぷ)の良さが当時の町の共益費をふくらませておりました。ここを節約すればそうとうの余剰が生まれるはず。ついでにその余剰分で災害に備えた助け合い積立金も作るべし、との御内意でございました。

 なるほど玉突き作戦、行けるかもしれない。まずは町の資金繰りの実態を押さえようと、さっそく、いくつかの町の帳簿を入手してサンプル調査を実施いたしました。いい数字が出ましたよ。町入用を仮に四割削減し、そこから家賃一割五分値下げの補塡分を差し引くと、貸し家一軒あたり二・六両の余剰が家主の手元に残ります。ぱちぱちぱち、算盤をはじくと、おぉ、江戸の町全体で五万二〇〇〇両ほどの余剰金が出ることになりますぞ。

 
◆ 内容紹介
松平定信と経済官僚たちの所得再分配のためのプロジェクト!
幕府も武家も商人もWin-Winの関係だった!? 借金棒引き、貨幣改鋳に込められた真の狙い? 支配―被支配という旧来の歴史認識ではわからない江戸時代の実像に迫る興奮の一冊。