『不思議の国のアリス』の世界を観客自ら探訪する『ゼン・シー・フェル』の強烈な刺激
アリス(Tara O'Con)と白のクイーン(Jennine Willett) Credit: Chad Heird

 アリスと2人きりになったり、ルイス・キャロルから紙とペンを渡されて彼のことばを書きとめたり、お茶会に参加してお茶やお菓子をいただいたり---。『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』をモチーフとした様々なシーンを、パフォーマーと会話したり、食べたり飲んだりしながら体験していく作品が現れた。

 『ゼン・シー・フェル(Then She Fell)』。ブルックリンにおける昨年秋の公演が大評判になり、新たな場所に移動して3月9日に公演が再開される。

 この作品は、座席に座って舞台上の演技を鑑賞するのではなく、観客自らがパフォーマンスに没頭していく「イマーシブ・シアター」という考え方に立つ。この考え方はデジタルの時代に対する芸術からの挑戦であり、一方でデジタルを受け止めた芸術のあり方でもある。

 今回はアーティスティック・ディレクターへのインタビューをふまえて、この作品についてお伝えする。

幻想的なシーンの数々を全身で感じる

 『ゼン・シー・フェル』は、昨年10月6日から今年1月6日まで、ブルックリンにあるグリーンポイント病院跡地の地下で上演された。

 到着した観客は入り口で看護婦から鍵を渡され、自分の名前が書かれた席に座る。1回の観客は15人まで。同じテーブルの観客とともに、鍵で書類入れを開けてセピア色の書類を読んだり、出されたアルコールを飲んだりしながら、歓談のひと時を過ごす。

アリス(Marissa Nielsen-Pincus) Credit: Adam Jason Photography

 公演開始の時間を迎えると、グループないし個人で観客はそれぞれ別々の部屋に通される。鍵を片手に『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』と作者ルイス・キャロルの世界を探訪する冒険の始まりである。

 パフォーマンスへの反応を見ながら、観客はそれぞれ違った部屋に通される。私は最初はグループで呼ばれたが、途中からは1人になることが多かった。

 例えば、お茶会のシーンはこうである。どんなお茶を飲みたいかと聞かれるので、2択の質問に次々に答えていくと、その通りに急須に茶葉とお湯が入れられる。赤のクイーン、白のクイーン、帽子屋、白ウサギ、他の部屋に行っていた観客が1つの部屋に集ってくる。そして、お茶が出来上がるまでの間、全員で1つずつ席をずれる席替えを激しく繰り返す。出来上がったところで、お茶とお菓子でティータイム。だが、なごやかな空気は赤のクイーンと白のクイーンの大喧嘩で打ち破られる。

 アリス役のパフォーマーは2人いる。鏡の前のアリスと部屋で2人きりになって、その後姿を見ていると、鏡の向こうにもう1人のアリスが浮かび上がる。鏡の向こうのアリスは怖い顔をしている。

 また、部屋に独りぼっちになることもある。恐怖を覚えつつも、雷が鳴るまでのひと時、鍵であちこち開けて不思議の国の世界を探検していく。

 公演はノンストップで2時間にわたって繰り広げられる。『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』を深く解釈したシーンもあれば、同書から想像を広げたシーンもある。

 観客はパフォーマーとおしゃべりしたり、指示に従って作業したり、アイマスクをつけてお話に聞き入ったり、様々な経験をする。パフォーマーに手を取られ、見つめ合いながら次の部屋に移動することもある。幻想的なシーンの数々を全身で感じ、強烈な刺激を受ける作品である。

 プレビューのビデオはこちら

赤のクイーン(Rebekah Morin) Credit: Adam Jason Photography
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