アベノミクスのカギを握る日本銀行総裁人事。財務省が悲願の総裁ポスト奪回を成し遂げるかどうかに注目が集まる。前回の日銀総裁人事で、「財務省OBは絶対にダメ」だとしていた民主党も政権末期に財務省の傀儡に成り下がった以上、今さら財務省OBはダメとは恥ずかしくて言えなくなった。そうなると、俄然財務省内の期待が高まる。今回は、お役所の天下り戦略という観点からこの人事を見てみたい。
役所というものは、一つの天下りポストだけ独立して人事の戦略を立てることはない。一つより二つ、二つより三つの天下りポストを同時に視野に入れて進めた方が、重要なポストを維持し理想の人事を実現するうえで作戦が立てやすいということを長い経験の中で学んだのだ。つまり、「人事戦略は土俵拡大で」という法則がある。
その意味で、まず注目しなければならないのは、日銀の白川方明総裁が、4月8日の自分の任期を待たず、副総裁二人の任期である3月19日に退任することを表明したことだ。そこには、上記の「土俵拡大の法則」という財務省、日銀それぞれの思惑が表れている。
すなわち、総裁・副総裁二人の人事はもちろんセットで考えられるのだが、国会の同意人事でもめて、任期が早い副総裁人事だけが切り離されて決着する可能性がある。その場合、総裁が誰になるかわからない中で、副総裁二人の中に民間人を入れないという人事を強行することは難しい。一人が財務省、一人が日銀の出身ということになれば、世論の批判は必至だ。逆に、副総裁を財務省が一つ取ったら、さすがに総裁まで財務省OBということは不可能だ。かと言って、副総裁はあきらめて総裁一本にかけると結果的にどちらも取れず、戦果ゼロになりかねない。総裁・副総裁同時決着なら、仮に総裁が民間人になっても、「民間人総裁誕生!」という安倍政権の得点稼ぎが出来るから、その陰で副総裁ポスト一つを財務省が確保するのはそれほど難しいことではない。
日銀も同じように、この戦略で自分たちの既得権ポストを死守しようと考えたのだろう。白川総裁の判断は当たり前の結論だったといえる。
また、当初最有力候補といわれた武藤敏郎元財務省事務次官の名前が後退し、黒田東彦元財務官の名前が前面に出てきているのも、この戦略と関連する。財務省としては、武藤氏を出して、仮に総裁が取れなかった場合に武藤氏の面子が丸つぶれになることは絶対に避けたい。そこで、3つのポスト一体化で、副総裁も視野に入れる。その場合、黒田氏は大物次官ではなく、格下の財務官だから、副総裁でも顔は立つという備えになっている。
財務省の戦略はさらに広がりを持っている。自民党は、公正取引委員会の次期委員長候補に杉本和行元財務次官を提示しようとした。私は、この時点で、公取委員長は財務省が取る代わりに、日銀については総裁でなく副総裁で我慢するという形で、財務省が自民党と取引した可能性があると見ている。公取委員長に財務省OBを登用して批判が出ても、日銀総裁人事で「民間人」を登用すれば、それで批判はかわせますよ、という作戦だ。公取委員長ポストは原則財務省OBで、時々日銀OBという不文律がある。財務省としては、この既得権ポストも重要だ。日銀総裁ポストは深追いせず副総裁を確保し、公取委員長ポストを守れば、全体としては純増という計算である。もちろん財務省は、まだ隙あらば日銀総裁をと狙っている。官僚たちはあくまでも貪欲である。
『週刊現代』2013年3月2日号より