野球
二宮清純「“くそったれ!”の思いを標語に込めたノムさんの反骨」

 野村克也さんと言えば「知将」としてよく知られていますが、ヤクルトの監督時代、一度だけ、煮えたぎる思いをむき出しにしたことがあります。

幻のスローガン

他球団からの戦力外選手などを活用してチームをつくり、「野村再生工場」と呼ばれた。

 1995年、宮崎県西都市で行なわれたスプリング・トレーニングでの出来事。球場には「我武者羅野球」というスローガンが書かれた旗が揺れていました。もちろん「がむしゃら」の当て字です。しかし野村さんは「あれはオレの本心じゃない」と言い切ったのです。

「本当は“くそったれ野球!”にしたかったのです。ところが連盟から“品がない”という理由で却下され、勝手に“我武者羅野球”に変えられてしまったんです」

 そこまで言うと、眼鏡の奥の目を光らせ、こう吐き捨てました。「“くそったれ野球”のどこが悪いんや!」

 野村さんが不機嫌だったのには理由がありました。95年と言えば長嶋巨人が大補強を行ったシーズンです。ツインズから現役バリバリのメジャーリーガー、シェーン・マック選手を獲得しました。さらにFAでヤクルトから広沢克己選手、広島から川口和久選手。それでもまだ足りないとばかりにヤクルトを退団したジャック・ハウエル選手とも契約しました。

 広沢選手、ハウエル選手と言えば、93年にヤクルトが日本一を達成した時の主砲です。2人揃って、野村さんが敵視する巨人に持っていかれたわけですから、指揮官として面白いわけはありません。