「その苦悩と決断」Jリーグ「戦力外通告」の男たち

フライデー

 チームは、'02年に得点王を獲得した高原を〝昇格請負人〟として考えている。

「モチベーションはかなり高まってます。ヴェルディが黄金時代といわれた頃の姿を取り戻すための力になりたい。そのために、まずはJ1に昇格したい」

 33歳、元日本代表ストライカーの新たな挑戦が始まる。

田中達也(35)
山口県出身。FW。浦和レッズ―アルビレックス新潟。帝京高校卒業後、浦和一筋だったが今回初めて移籍。「新潟に来て日が浅いですが、チームメイトとは仲よくできています」〔PHOTO〕小檜山毅彦

 高原が浦和レッズに在籍した'08~'10年、ツートップを組んだ田中達也(30)も戦力外を突きつけられた一人だ。'12年のJ1最終節、埼玉スタジアムのゴール裏には、〝ミスターレッズ〟の姿が浮かび上がった。'03年ナビスコ杯決勝でゴールを挙げた自分の姿をかたどったコレオグラフィーを見て、田中はファンの温かさに胸がいっぱいになったという。

「本当にやってきてよかったなと思います。感謝の言葉しかないですね。浦和レッズでの生活は本当に幸せでした。チームメイトにも、サポーターにも恵まれた12年間だったと思います」

 スピードを生かしたドリブル突破がウリで、168㎝と小柄ながら果敢にDFに向かっていく姿は、サポーターの心を惹きつけた。'04年にはアテネ五輪代表に選ばれ、翌'05年にはA代表にも初招集されるなど、順調なサッカー人生を送っていた。

 だが、ドリブル中心のプレースタイルは、ケガも多かった。'05年10月15日の柏レイソル戦では、相手選手からのハードタックルにより、右足関節脱臼骨折という大ケガを負ってしまう。その後のシーズンを棒に振ると、それ以降ケガに悩まされ、試合に出られない日々が続いた。

「ケガをしたことによって失ったものもあります。だけど、得たもののほうが大きかった。サッカー以外のところでいろんな人に支えられて、応援してくれる人がたくさんいると実感できた。ケガから復帰したときには、チームメイトやスタッフ、サポーターに感謝しました」

 いったんは試練を乗り越えた田中。だが次なる試練が待っていた。チームからの事実上の戦力外通告だ。