賢者の知恵
2013年02月18日(月) 週刊現代

体罰で大騒ぎするこの国で
曽野綾子はこう考える「この人生、この世界、きれい事では済まない」

週刊現代
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 いくら躍起になったところで、人間のずるさや弱さは消せない。みんないい人、日本は平等で安心な社会—そんな呪文を繰り返し唱えるうちに、この国は強さも勇気も、そして思考力も失いつつある。

なぜ人はいじめるのか

 日本の教育が抱える最も大きな問題は、教育制度を変えれば、いじめをなくすことができると考えている点にあります。制度改革、つまり政治の力で、いじめをなくすことは決してできません。

 理由はふたつあります。ひとつは、およそ人間社会において、いじめのない世界はないということです。子どもであろうと大人であろうと、いくつになっても、どんな組織でもいじめはいろいろな形で存在するのです。

 そしてもうひとつの理由は、いじめは「楽しい」ものでもあるということです。もちろん、いじめられる側にとってはたまらなく辛いことでしょう。しかし、いじめる側の精神が幼いと、楽しい、面白いと思う。

 私たち人間の心の中には、いじめを「楽しむ」という悪い心根が確かにあるのです。それを認めて論議をしないとだめですね。

 このように、人間の本質と繋がっているいじめを、人為的に設けた制度によってなくすことができる、あるいは減らすことができると考えるのは間違っています。制度の見直しだけでは、いじめ問題の根本的な解決にはとうてい至らないという認識を持つべきです。

 いじめをなくすことができないならば、いじめに耐えて生きてゆける強い子どもたちをどう育てていくか。これこそが大切なのですが、そのことに教育関係者も政治家も、誰ひとり言及しません。

 日本の教育の罪は「たとえ子どもであろうと、悪い心を持たない人はひとりとしていない」という事実から目を背けてきたことです。もちろん人にはそれぞれ良いところもあるけれど、必ず悪い面もあるということを教えてこなかった。問題はここにあります。

 まず誰の中にも、いじめを楽しいと感じてしまう「悪」の部分があるのを認識することです。それがなければ教育は始まりません。重要なのは、その「悪」をいかにしてコントロールするかです。それが、人間として完成するということです。

 人間は動物とは違うのだから、理性によって自分をコントロールして然るべきで、それを訓練するのが教育なのです。

 大阪市立桜宮高校の体罰事件で、バスケットボール部のキャプテンが、顧問の男性教師から他の部員への見せしめに殴られていたと聞いて、思い出したことがあります。

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