テレビ番組の質はその国の民度と一致する! 女子柔道の代表選考中継のような人権軽視を繰り返してはならない!

 2012年5月、ロンドン五輪の女子柔道代表が決定された模様は、フジテレビが生中継した。選手側の反発を受け、今になって批判の声が高まっているが、リアルタイムで真っ向から批判した新聞は夕刊紙の東京スポーツだけだった。

 テレビ局と新聞社には深い関係がある。資本上の関係で結びついている会社もあるし、そうでなくても新聞はテレビ局から広告の出稿を受ける。ビジネスで絡み合っている。現場の放送担当記者もテレビ局から嫌われたら仕事にならない。

 テレビ局側も新聞で叩かれたらマイナスにしかならないし、番組はテレビ欄で好意的に扱ってもらいたいから、過度なぐらいに記者を大切にする。1990年代まではテレビ局側が記者たちの自宅に中元・歳暮を届けるという、おかしな習慣さえ存在した。

 けれども、東スポは一般紙やテレビ局と資本の結び付きがない。放送記者クラブにも所属せず、テレビ局との関係はドライ。そのせいか、遠慮なくテレビ批判を繰り広げることで知られている。

BPOは人の心の痛みを汲み取れているか

 東スポの件の記事の見出しは、「フジ 残酷な"さらし者中継"」(2012年5月15日付)だった。言葉はきついが、その通りだろう。日の丸の重圧を背負わされ、日々きつい練習を積む選手たちの心象風景を、見世物にしてしまったのだから。人権軽視のそしりを受けても仕方がない。

 プロ野球のドラフトを引き合いに出し、代表決定中継を擁護する声もあるが、それは問題の次元が違う。そもそもドラフト自体、選手たちの人権に配慮する形で何度も改革が行われてきた。現在も選手たちが拒めばドラフト当日に本人がカメラの前で見世物にならずに済む。プロ志願者とアマとの違いも厳然とある。

 見世物が人の心を引き付けてしまうのは事実だ。だから、1970年代までは身体に障害のある人などを集めた見世物小屋という下劣な商売さえ成立した。けれど、国民共有の財産である電波を預かり、文化を担い、世論形成力も大きいテレビが、今の時代に見世物をやっていて良いはずがない。

 毎日新聞の2月5日付報道によると、ネット上ではフジの代表選考中継に対する批判が放送直後から見られていた。

 「落選した選手に配慮がない。選手に失礼だ」(同紙より)

 東スポと同じく、市井の声は当時から厳しかった。

 テレビ界にはBPO(放送倫理・番組向上機構)というお目付役もいる。そこには放送人権委員会があり、放送倫理上の問題があったかどうかを判断することになっている。BPOは当時、東スポやネット世論が問題視した五輪代表中継の問題に触れていたのか? 調べたところ、その形跡はない。

 足を踏まれた痛みは、足を踏まれたことのある人にしか分からない。学識経験者や弁護士らエスタブリッシュメントたちで構成されるBPOは、人の心の痛みをしっかり汲み取れているのか? BPOについての疑問は本コラムで何度か書いているが、社会的弱者と呼ばれる人たちの視点も加えるべきではないだろうか。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら