「息子と僕のアスペルガー物語」 ライフ
奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」【第16回】
恥ずかしさと惨めさでいたたまれず、授業から逃げ出した

【第15回】はこちらをご覧ください。

会社訪問のたびに「ここで俺は嫌われないか」と考える

 大学生活も終盤を迎えようとしている4年生の春、僕は深刻な悩みに直面していた。

 大学を卒業した後の進路、つまり就職先がまったく決まっていなかったのだ。同級生たちはそれぞれ就職活動を頑張っていて、「○○社の内定を取った!」という声も、ちらほらと聞こえてくるようになっていた。

 僕も大学のOBたちを訪問して、いろいろな会社の話を聞いてみた。メーカーや金融機関を回ったり、「俺には合わないだろうな」と思いながら商社を訪ねたりもした。しかし、入りたいと思う会社は一つもなかった。

 当時はまだ、自分が発達障害を抱えているということは知らなかったが、「人間関係の構築が大の苦手」「場の空気が読めない」「人の気持ちを忖度(そんたく)して発言することができない」「その結果、人を不快にさせたり、怒らせたりしがちで、コミュニティや組織の中で嫌われ者になりやすい」といった特性を持っていることははっきり自覚していた。

 だから、いろいろな会社を訪問しても、反射的に「ここは、俺のような人間があまり嫌われずに過ごせる会社なのだろうか」「つらい人間関係作りをどこまでやらねばならない職場なのだろうか」などと考えてしまうのだった。

 しかし、そんなことが、一度や二度の会社訪問でわかるはずがない。就職関連本や雑誌の類にも、当然ながらそういう情報は載っていない。

 OBの先輩に「ここは社員同士が面倒な人間関係を持たなければいけない会社なんですか?」と尋ねるわけにもいかない(本当は尋ねたくて仕方がなかったが)。仮にそんな質問をしたら、おそらく変わり者扱いされ、むしろ就職に不利になるだろう。それくらいのことは、前からの「学習」のおかげで、当時の僕でも予想できた。

 大学では相変わらず、仲間たちと「数」に興じ、「数学」の問題を解いて楽しむサークル「Numbers研究会」に入り浸っていた。実家とこのサークルだけが、僕にとって、無上の幸福感に包まれ、素顔の自分を隠さずに生きられるところだった。メンバーには、おそらく僕と同じように発達障害を抱えた者が多く、皆、配慮や自制をあまりせず、思ったことを率直に口にして、笑い合って過ごしていた。