電撃移籍のWBCキーマン糸井嘉男の超人伝説「俺はケガにも気づかない(笑)」

「最近バッティングわからんわ。ホンマ調子悪いねん」と言った直後に2打席連続ホームラン。球界でもダントツの身体能力はもちろん、何をしでかすかわからない魅力に、新天地・オリックス、そして山本浩二WBC監督は期待を寄せる。

 そう、糸井嘉男(31)は超人なのだ。プロとしての転機は'06年の打者転向。彼の〝恩師〟、大村巌・元日本ハム打撃コーチ(現・横浜DeNA二軍打撃コーチ)が話す。

「人の話を聞いているのかわからないし、話が理解できないとワーッと叫んでどこかへ行っちゃうんですよ(笑)。打者として開眼させるべく、鎌ケ谷(千葉)に籠もって練習させました。でも、いくら口で説明してもわかってくれない。そこでバットを握ってやり方を見せたんです。すると、2~3ヵ月はかかるはずのことが10球ほどでできてしまった。その後はありえない速さで成長していきました」

 あるとき、その素質に惚れ込んだ大村氏が、将来はメジャーリーグにという期待を込めて「全世界の投手を打てるようになれ」と言うと、糸井は、「ボク、(日ハムは)クビですか?」と真顔で答えたのだとか。大村氏が続ける。

「セーフティバントのサインを出したのに、1球目、2球目とストライクを見逃す。まさかと思いましたが、追い込まれてからバントをしたんです。あとでその理由を尋ねると、『自信があったから』と一言。彼にはセオリーを超えた自信のようなものがある。当然、『頼むからもうやめてくれ』と言いましたけどね(笑)」

 プロ入り前も超人エピソードには事欠かない。糸井の母校、京都府立宮津高校の野球部元監督・市田匡史氏(現・府立西舞鶴高校野球部部長)が振り返る。

「入部してすぐに手術ですよ。膝が痛いと言うので病院へ行かせると、『膝の皿が割れていました』。『いつから痛かったんや』と聞くと、『中学校のときからです』とね。2年時は、練習試合の直前、さあこれからというときに突然、ブルペンで『肩が痛い』と言い出す。かなりの重症やったんで、また手術となりました」

 深刻なケガにも気づかない糸井の超人ぶりは続く。高2のとき、日帰りのつもりで鳥取のジムへ行ったが、なぜかジムで眠ってしまい終電を逃した糸井。

「翌朝に帰って来るはずが、練習に来ん。そこに糸井の母親から電話があって、『今度は電車で寝過ごして、高校を通り過ぎて京都市内にいると言うてます』ですわ。どんだけ寝るねん、ていう話です」(市田氏)

 超人はよく眠る。それは近畿大学に入ってからも変わらなかった。

「寮では下級生が、8時と8時半に先輩を起こすのですが、糸井さんは2度では起きなかった」(近大の後輩・貴志款八氏)

 糸井は恩師の手まで煩わせていた。

「練習に来んので、私が直接、部屋まで行って『糸井さん、起きてくださいませんかね』と言うたこともありました」(近大監督・榎本保氏)