官々愕々
駆け込み退職問題の裏に中央官僚のエゴ

 全国の自治体で職員の退職金を引き下げたことが原因で、年度途中の職員の駆け込み退職が大量に発生し、学校などの現場で混乱が生じている。

 教師と自治体それぞれに対する批判があるが、本当の責任者は彼らではないということはマスコミも取り上げていない。

 まず、教師に対しては、「教師は生徒のために身を捧げる職業なのに、カネのために生徒を犠牲にするなんて許せない」という批判がなされる。引き下げ覚悟で最後まで勤める心ある教師も多いので、そうでない教師への風当たりはさらに強まる。

 しかし、責任を最後まで全うすると150万円もの大金(年度末退職ならそれまでの間の給与がもらえるので、その分損する額は小さくなるが)を損するというのは制度としておかしい。

 そこで、批判は自治体に向かう。学校などの場合、年度途中で突然退職されると確実に生徒が犠牲になる。従って、普段から、年度途中の退職には一定の制限をかけておくべきだ。無責任に年度途中で退職する場合は退職金が減少するようなルールにしておけば良い。今回のように、急に引き下げを決めたら、こうした駆け込みが起きることは当然予測できる。そうならないような手立てを十分に考えて実行すべきだった。首長の責任が問われても仕方ない面はある。

 しかし、実は、教師も自治体も今回の事態を生じさせた本当の責任者ではない。では、誰なのか。

 国家公務員の退職金はずっと前から民間よりもかなり高かった。しかし、国家公務員の集まりである人事院は、自分たちの退職金を下げたくないから、何年もの間調査をさぼっていた。ようやく調査を始めたのが2011年の夏。調査の結果、驚くべきことに国家公務員の退職金が、民間より平均で400万円も高いことがわかった。その公表が昨年('12年)3月になってからだ。本来は、'11年秋までに調査を終えて引き下げを決め、直ちに自治体にも引き下げを申し入れておけば、'12年度初めの4月からいっせいに引き下げが行えたはずだ。

 しかし、キャリア官僚の幹部たちの退職は、夏から秋だ。4月からの引き下げを決めれば、自分たちがやめた時の退職金を引き下げることになる。特に、財務省の勝栄二郎事務次官(当時)は、昨年退官がほぼ既定路線だったので、「ザ・官僚」である同氏の退職金を守るため、昨年8月の同氏退官を見極めて法案作成に入った。

 さらに、官僚たちは、400万円をいっぺんに下げたくないので、これを今年1月から2年で3回に小分けして下げる法案を作った。しかし、これが国会で議論され、選挙を控えた民主党政権が腰砕けになるとまずいので、この法案提出を引き延ばし、昨年の衆議院解散間際の混乱に乗じて、まんまと議論なしで通してしまった。

 そして、中央官僚は、偉そうに、国が1月に下げるのだから、地方も下げろと言った。慌ててそれに付き合った自治体では、年度途中の引き下げとなり、結果、今回の混乱に至ったのである。

 そもそも、国がめったに退職金の調査をしないことが問題だ。毎年民間と比較してこまめに引き下げていれば、一回あたりの引き下げ幅は、せいぜい数十万円だっただろう。そうであれば、今回のような混乱にはならなかったはずだ。国が怠慢で高い退職金を継続し、引き下げをする時も自分たちの都合で時期を決め、地方はそれに合わせようとして混乱が生じたというのが実態なのである。

 生徒や一般市民、そして罪のない先生を巻き添えにした中央官僚のエゴ。その罪は極めて大きい。

『週刊現代』2013年2月16・23日号より

大反響!
新聞が書かない日本の問題点がわかる!
 
著者:古賀茂明
価格:400円(税別)
配信周期:
・テキスト版:毎月第2金曜配信
・動画版 :毎月第4金曜日配信
 
 
※お申込月は当月分(1ヵ月分)を無料でお読みになれます。
 
 
『原発の倫理学―古賀茂明の論考―』
著者:古賀茂明
価格:500円(税別)
※2013年5月下旬発売予定
 
大好評有料メルマガ「古賀茂明と日本再生を考えるメールマガジン」の多岐にわたる論考の中から、原発事故関連、電力問題に関する記述をピックアップ。政治は、経産省は、東電は、そして原発ムラの住人たちは原発事故をどのように扱い、いかにして処理したのか。そこにある「ごまかしとまやかし」の論理を喝破し、原発というモンスターを制御してゼロにしていくための道筋を示す。
「核のゴミ」を処理できないという大問題の解決策がない以上、「原子力は悪である」という前提に立った上で取り扱うべきだという「倫理感」が国民の共通基盤になるはずだという筆者の思いは、熱く、なおかつ説得力がある。
 福島第一原発の事故で原発の恐ろしさに目覚めた人、原子力ムラの企みと横暴に怒りを感じた人、そして「脱原発」を目指す多くの人に、真実を伝え、考える道筋を示し、そして希望を与える「魂のメッセージ」。