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現代に蘇った「感じの良いヒトラー」が70年前と同じ主張を繰り広げる、興味深くも危険なベストセラー"Er ist wieder da"

私なら、「ヒトラーの復活」と訳すだろうか。原題は"Er ist wieder da"、そのまま英語にすれば、"He is here again"となる。去年出版されて、秋のフランクフルトのブックフェアで話題になり、今年1月、12刷が出た。驚愕のベストセラーだ。

"彼"というのはヒトラーのことで、なぜか2011年の夏に、ベルリン市内のとある空き地で忽然と目を覚ます。頭上には青空。敵機襲来の気配はない。横になったまま考えるが、状況が把握できない。夕べは何をしていただろうか。エファと一緒にソファに座って、そうそう、古いピストルを彼女に見せたっけ。でも、それからが思い出せない・・・。

ようやく起き上がる。総統のユニフォームの埃を払う。ちょっと頭痛がするが、けがもない。それはそうと、なぜユニフォームがこんなにガソリン臭いのだろう(注:ヒトラーの遺骸は、死後、すぐにガソリンをかけて焼却された)。

サッカーをしていたヒトラーユーゲントの少年たちに、ボルマン(ヒトラーの側近)の居所を聞いても埒が明かない。それよりも、誰も"総統"に気づかず、ハイル・ヒトラーの敬礼も忘れているとはどうしたことか!

ベルリン市街のがれきはすでに撤去されたようだ。静かで、平和で、外国人が我が物顔に歩いている。トルコ人! あれほど中立を守ると言い張ったトルコを、我々の味方に付ける説得がやっと実ったらしい。デーニッツ(海軍元帥)の功績か? いずれにしても、この明るいムードからすると、トルコ人の投入は戦況を決定的に好転させたに違いない。そうだ、まずは情報が必要だ。

そして、売店で新聞を見たヒトラーは愕然とする。2011年8月30日!!

現代社会の矛盾を鋭く分析するヒトラー

このあと、勘違いが複雑に絡み合いながら、ヒトラーはまもなくテレビスターになってしまう。頭脳明晰な彼は、現在の社会状況を迅速に把握していく。Eメールやケータイ、インターネットを使いこなすようになるまでに、それほど時間はかからない。テレビ局の中に事務所と秘書を与えられ、独自のショー番組は大人気で、ファンがどんどん増えていく。

もちろん、すべての人間、番組を作っている人間も含めて、皆がヒトラーをコメディアンだと思い込んでいる。本物に限りなく近い、ものすごく風変わりなコメディアンだ。

しかし、ヒトラーは常に自分の信念を淡々と述べているだけに過ぎない。70年前とまるで同じことを、そのまま、ほとんど一字一句変えずに主張している。だからこそ、会話は往々にして勘違いのまま進み、それを聞く人は、ちょっとピントが外れていると思いながらやり過ごすか、あるいは、強烈なブラックユーモアだと絶賛することになる。

ヒトラーは、現代社会の矛盾を鋭く分析する。そして、規律や道徳や祖国への忠誠といった、かつてのドイツ人が大切にしていた価値観が崩落していることを嘆かわしく思う。子どもが生まれないのも国を弱くする原因だ。

それらを正し、国民が勤勉に、そして、幸せに暮らすことのできる力強いドイツ帝国を取り戻すことが、総統としての自分の役目である。そのために全力を尽くそうと心に誓う。

だからこそ、テレビのショーで、あるいは、『総統大本営』と名付けたホームページで、国民教育に専念する。それがコメディーだと思っている現代人をどんどんと惹きつけていく。そして、何より読者が、その空想の世界に引き込まれていく。

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