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海外でビジネスをやるということは、こういうこと 日揮の悲劇——2200人の社員が恐怖と不安で震えた日 現役社員たちはこう考えている「超優良企業」が失った人材と権益

 砂漠の真ん中で起きたテロ事件は、新興国ビジネスの恐ろしさを改めて思い知らせるものだった。完璧なテロ防止策など存在しない。死と隣り合わせで働く覚悟を、進出企業はこの先も持てるのか—。

「亡くなった社員の中には、20年来付き合いのあった同僚がいました。よく知っている仲間が事件に巻き込まれ、辛くて、悲しくて、仕方がありません。

 創業84年という日揮の歴史の中でも、実は社員がテロの犠牲になるのは、初めてのことなんです。事件後は2~3日に一度、会社から『粛々と業務を進めること』という旨の通達がメールで回っていて、みな業務中に事件を話題にすることもありません。ですが、内心は衝撃を受けている社員も多いと思います」(日揮ベテラン社員)

 最終的に37名の人質が死亡する最悪の結果に終わった、アルジェリア人質殺害事件。うち10名の邦人は、すべてがプラント建設企業最大手・日揮の社員とその関係者だった。

 同社の若き社長・川名浩一氏(54歳)は、事件発生後即座に現地へ飛んだ。

「彼ももともとは現場の出身。うちでは、社長がすぐに動くのは当たり前のことです」(同前)

 だが川名社長は1月25日、物言わぬ部下たち9人とともに日本へ帰国することとなった。

 日揮は現在、事件が起きたイナメナスを含め、アルジェリア国内で3ヵ所の天然ガスプラント建設に関わっている。ヨーロッパ全体で消費される天然ガスのうち、13%を産出するといわれるアルジェリアは、同社の戦略上の一大拠点だ。悲劇の舞台となった施設は、内戦終結間もないリビアとの国境付近、いわば危険地帯に位置している。だが、どんなに危険でも、日揮にとってここを諦める選択肢はあり得なかった。

「当社はアルジェリアに'60年代後半から進出し、これまでも数多くのプラントを手がけてきました。

 欧米には、事業がうまくいかなくなると、手切れ金を払って撤退する企業もあります。しかし私どもは、社業の発展のみならず、日本、そしてアルジェリアのためにという思いで粘り強く取り組んできた。それがアルジェリアの国営石油会社ソナトラックにも評価され、密にお付き合いをさせていただいてきました。

 イナメナスの天然ガスプラントは、英国のBP(石油世界最大手)、ノルウェーのスタトイル(元国営石油会社)、そしてソナトラックの3社による合弁会社の発注で、当社が請け負っていたものです。プラント自体は7年前に完成していましたが、設備の追加工事が'11年から始まりました。17名の駐在員は、このために現地へ行っていたのです」(日揮広報・IR担当者)

 新興国におけるビジネスはダイナミックであると同時に、今回のような悲劇と無縁ではいられない側面を持っている。別の中堅社員が言う。

「エネルギー産業は、そもそもが国家プロジェクトです。日本には資源が乏しいですが、技術はある。反対にアルジェリアなど北アフリカや中東の国々は、たとえ資源は豊富でも自分たちだけではどうにもできない。日揮の社員には、日本と資源国、双方の発展のために働いているという思いが強くあるんです」

 かつて東洋エンジニアリング、千代田化工建設と競い、エンジニアリング業界の「御三家」と呼ばれた日揮。現在は他2社の倍以上、年間5600億円もの売り上げで独走を続ける。世界を股にかける社員の数は2200人だ。

「人材がすべて」の会社

 今回亡くなった社員の中には、同社の要職を占める人物が少なくない。前副社長で最高顧問を務めていた新谷正法さん(66歳)や、国際事業本部・アルジェリア開発プロジェクト部長の伊藤文博さん(59歳)だ。

「伊藤さんは入社直後からアルジェリアやマレーシアなど、各地の天然ガスプラントで経験を積んできた。宮城県南三陸町出身で、一関高専から東京工業大学を経て日揮に入った。4年前には東京大学で開催された学術フォーラムに登壇し、北アフリカで培った天然ガス関連技術について学生に教えていました」(同・中堅社員)

 もちろん、前副社長の新谷さんも長年アルジェリア畑を歩んできた人物。事件当日には新谷さんとBPの副社長の会談が行われており、テロリストはこの会談を狙った可能性が高い。

 社内でも稼ぎ頭の部門、そのトップエリートたちが、いっぺんにいなくなる。技術、拠点だけでなく、彼らが築いてきた人脈やノウハウも失われる—。ダメージは計り知れない。

「大変なことですよ。われわれは決まった製品を作る会社ではありませんから、設計にしろ開発にしろ、また営業にしても人材が頼りです。これほど甚大な被害が出たのは、本当に初めて。

 今までは、死者が出るのは現場での交通事故がほとんどでした。建設現場の多くは砂漠ですから、人も少なく大した事件も起こらなかった。それが、テロリストに襲われるなんて……」

 前出のベテラン社員はこう嘆く。

 彼の話す通り、日揮は「人材の企業」だ。

「他の会社のように、決まった出世コースがあるというわけではないんです。世界中どこへ行こうと仕事ができなければ困る。採用の時点でかなり厳しく絞っています。

 ほとんど全員が海外赴任を経験させられますから、TOEIC700点以上なんて昔から当たり前でした。現地人のブロークンイングリッシュをものともせずに交渉し、信頼関係を築かなければならない。通訳もほとんど使いません」(前出・中堅社員)

 すべての業務がBtoB(企業間取引)ということもあり、今回の事件が起こるまで、一般国民への知名度は決して高くなかった日揮。しかし「JGC(ジャパン・ガソリン・カンパニー、日揮の英語名)」といえば、海外では名の轟く「ブランド」である。

 かつて中国で同社の取材にあたった、全国紙経済部デスクがその底力を語る。

「普通、企業の中国駐在員は3年前後で帰国しますが、日揮だけは10年以上も滞在し、地元政府とのパイプを徹底的に作る。駐在員は『日本人村』ではなく中国人居住区に住み、もちろん中国語はペラペラ。スポーツ大会、高級レストランでの接待も日常茶飯事でした。日本大使館までもが、日揮社員の掴んだ情報を非常に重要視していたといいます。

 また日揮は、現地人の社員を横浜の本社へ招き、高い給料を払いながら、徹底的に日本語と技術を叩き込む制度を真っ先に取り入れた企業でもある。このため日揮の中国人社員は、中国人には珍しく愛社精神が旺盛なのです」

 サウジアラビア、カタール、クウェートなどイスラム圏の産油国でも、ときに政府要人と通じながら良好な関係を築き、ビジネスを進めてきた。北アフリカでも、他には真似のできない粘り強さで「アルジェリアでの事業はほぼ日揮の独壇場」(同前)とまで言われていた。しかし、テロは彼らに、まるで天災のように突然襲い掛かり、貴重な人材と財産を奪っていった。

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