元医師の父が選んだ「自然死」 【後編】   延命治療は必要ない---医師の親子が考える「理想の死に方」
久坂部 羊(作家・医師)

【前編】はこちらをご覧ください。

前立腺がんの発見に安堵

 その後、父はまた気ままな生活を送っていたが、二○一一年十月、急に排尿ができなくなった。医療嫌いの父もこのときばかりはどうしようもなく、近くの病院で尿道に管を入れてもらい、溜まった尿を出してもらった。それだけで終わればよかったのだが、専門医の診察を受けたほうがいいと言われ、市民病院の泌尿器科を紹介された。

 父は大きな病院には行きたくないようだったが、また尿が出なくなると困るので、しぶしぶ市民病院に行った。さんざん待たされ、血液検査をした結果、PSAという腫瘍マーカー*1の値が一○○あり(正常値は五以下)、前立腺がんが確定的となった。

 私は泌尿器科の部長(たまたま私の大学の先輩だった)からそのことを知らされ、困ったなと思ったが、父は医師から告知を受けると、「ああ、これであんまり長生きせんと死ねますな」と、むしろ安心したようだった。

 父は以前から長生きしすぎるのはよくないと考えており、八十歳くらいで死ぬのがちょうどいいと言っていた。それが八十五歳まで生きてしまい、これから老化現象がますますひどくなるのに、あと何年も生きなければならないのならどうしようと恐れていたのだ。

 ところが、泌尿器科の部長は、手術をすれば治る可能性があるので、ぜひ入院をと勧めた。父はとんでもないという顔で、「もう、八十五歳まで生きたので十分です」と断った。すると部長もとんでもないという顔をし、「いやいや、今は九十歳でも手術をして元気になってますよ」と、強く治療を勧めた。

 「いや、これは私の人生観の問題ですから、治療はけっこうです」

 「人生観は自由ですが、そのお歳で治療をあきらめるのは早すぎます。今の医療は進歩していますから、心配されることはありません」

*1) がん細胞が作る蛋白やホルモンのこと。

 双方とも自説を曲げず、診察室で人生論を闘わせはじめた。外の待合室では大勢の患者が待っている。私は先輩と父の板挟みになってたいへん困った。

 「すみません。今日はいったん家に帰って、父を説得しますから」

 私は二人の間に割って入り、なんとか議論を終わらせた。

 家に帰ってからも、父は部長の言い分にかなり怒っていた。

「医者は患者が求めることだけやってくれたらええんや。医療の押しつけはよくない。医者の驕りや。その上、こっちを脅すようなことばかり言いよって」

 部長が前立腺がんは放っておくと骨に転移して、かなり痛むというようなことを言ったので、それに腹を立てていたのだ。内心ではその脅しがこたえたのだろう。

 結局、父は手術は拒否するが、ホルモン療法*2だけは行いたいと言った。その旨を伝えると、泌尿器科の部長は鷹揚に聞き入れてくれ、ホルモン剤の処方を教えてくれた。そして、父はその薬をのみながら、人生に残された日々をゆっくりと楽しんでいた。

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