官々愕々
手抜き除染はなくならない

 1月4日の朝日新聞一面トップに「手抜き除染 横行」という記事が掲載された。

 手抜きの実態について、かなり細かい具体的な話が作業員の証言と写真などで明らかにされた。驚くべきことに、手抜きは現場監督や元請の企業からの指示で組織的に行われていた。ここに出された事例は氷山の一角に過ぎないことは誰の目にも明らかだ。つまり、これはかなり根の深い問題だととらえなければならない。

 ところが、この事態を受けて政府が行った調査は、何とかして問題を矮小化しようという意図が見え見えで、殆どの事例で手抜きは断定できないとの結論を出した。環境省の対策は、監督職員の増員や「不適正除染110番(仮称)」の開設など監視体制の強化を行うという小手先のものだ。

 しかし、実は、こうした事態は起こるべくして起こったという問題がある。何故、ことの本質に向き合おうとしないのか。そこにある本質的な問題とは何だろうか。

 第一はゴミの処理の問題だ。除染したゴミを決められたとおりに集めて保管しようとしても、そのための場所が実は確保されていない。ちゃんと集めても捨て場がないのだ。

 第二は時間的な制約だ。決められたとおりに作業をしていたら、想定されたスケジュールで除染を進めることはできない。また、線量を下げるには、周囲の広大な土地の除染をしなければならないが、それには想定の何倍もの時間がかかる。ならば、どこかで手を抜くしかない。

 第三が予算制約だ。まともな除染を行えば、とんでもない予算オーバーになってしまう。現場の状況は一ヵ所ごとに違う。しかし、一度契約してしまえば、その予算の範囲内で終わらせなければならない。本来は、一件ごとに細かい除染計画が必要だし、線量が下がらなければ、追加作業も必要だ。しかし、それをやったら膨大な費用がかかる。業者の事業費だけではない。行政の側の人手も何倍にもなる。除染費用は10兆円単位、さらには100兆円単位まで膨らむ可能性が高い。今の予算では除染は無理だ。

 第四は東電の経営問題だ。除染費用は建前としては東京電力に請求されることになっている。数十兆円、数百兆円まで費用が膨らむ可能性が取りざたされれば、それだけで東京電力は破綻だ。しかし、原発事故を起こしたのに東電は潰さないというのが政府の方針。東電を破綻させるようなコストがかかる本格除染はできないという本末転倒の状況になっているのだ。

 第五は、原発再稼働との関連だ。仮に除染コストが原因で、事故の際のコストが一気に二桁も上がることになれば、原発が安いという再稼働の最大の論拠が崩れてしまう。従って、本当の除染コストを認めるわけにはいかないというのが、政府側の事情なのである。

 一昨年の春に内閣府に出向していたある若手官僚が言った言葉が耳に残っている。「損害賠償の基準を決めるときに、経産省の出向者が、何とか東電の負担を小さくしようという観点でやっている。被災者のことなんか考えてないんです」。

 ある被災地の除染担当課長の話も印象的だ。「除染は誰もが初めての経験。中央で決めるのではなく、自治体と地域住民に任せてくれれば、試行錯誤で一番良い方法を考えながらやります。今は、どうやって国の基準に合わせるか、そんなことにエネルギーを費やして形だけの除染をやっているだけです」。

 除染について、建前の話はやめて真実に向き合うべきだろう。全てはそこからやり直すべきだ。

『週刊現代』2013年2月9日号より

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「核のゴミ」を処理できないという大問題の解決策がない以上、「原子力は悪である」という前提に立った上で取り扱うべきだという「倫理感」が国民の共通基盤になるはずだという筆者の思いは、熱く、なおかつ説得力がある。
 福島第一原発の事故で原発の恐ろしさに目覚めた人、原子力ムラの企みと横暴に怒りを感じた人、そして「脱原発」を目指す多くの人に、真実を伝え、考える道筋を示し、そして希望を与える「魂のメッセージ」。