中国
習近平総書記と公明党山口代表との間を取り持った「北京の空気」
〔PHOTO〕gettyimages

 1月25日、習近平総書記が、昨年11月に総書記に就任して初めて、日本の要人との会見に応じた。山口那津男公明党代表である。日本で国会が開幕する前週の最も多忙な時に、山口代表は4日間も北京で待ち続けて、ようやく中国トップとの会見に応じてもらえたのである。何だか古代の朝貢外交を見るようであった。

 中国の外交関係者に聞くと、「中国にとって公明党は、パキスタンのような存在だ」という。

 「そもそも1972年の中日国交正常化は、公明党の尽力で、中国共産党と自民党が結びついて実現したものだ。すでに半世紀近く、公明党は一貫してわが国の立場を理解し、信頼関係を築いてきた。わが国の要人が訪日した時も、必ず公明党に挨拶に行く。江沢民元総書記は、引退後に池田大作創価学会名誉会長を、自分の故郷である揚州に招待しようとしたほどだった。

 わが国はパキスタンとの関係を、『絶対に互いにノーと言わない関係』と呼んでいる。公明党とも、まさにパキスタンとのような信頼関係を築いてきた。だから習近平総書記は、会見に応じたのだ」

 中国の外交関係者はこのように語ったが、私は習総書記が急遽、会見に応じた背景には、中国の内政問題も絡んでいたと見ている。

もはや「反日」は必要なくなった

 私は日々、習近平総書記の発言に注目しているが、習総書記は就任以降、幹部たちを集めた訓話の中でたびたび、「摸着石頭過河」という言葉を使っている。直訳すれば、「石を撫でながら河を渡る」、すなわち「石橋を叩いて渡る」の語源である。

 習政治の最大の特徴と言えば、この「慎重さ」にあると私は見ている。習総書記は、その極めて慎重な性格ゆえに、8260万共産党員のトップまで上り詰めることができたのである。

 だからホンネとしては、日本との関係を改善したい。というより、周辺国とはなるべく波風を立てたくない。習総書記にとって、昨年秋の狂ったような反日デモは、胡錦濤総書記との権力闘争という別の側面があったのだ。

 一般論として、新たな権力者は、前任者の側近たちを一掃して、自分の側近を引き上げたがるものだ。だが、日本のように総選挙があれば一挙にカタがつくが(つまり安倍政権の要職に野田政権の要職はいない)、中国のように一党体制で民主選挙もやらずに継承する場合は大変なのだ。10年前の胡錦濤総書記は、SARS騒動を利用して、前任の江沢民派の幹部たちを引退させていった。今回、習近平総書記は、「反日」を利用して同様のことを行ったというわけである。

 この手法は、習総書記の想像以上に成功を収めた。そこで、もはや「反日」は必要なくなったのである。

 習総書記にとって誤算だったのは、この「反日」にかこつけて、人民解放軍が台頭したことだった。どの国でも軍というのは、最も強硬である。人民解放軍の幹部には習総書記と同じ「太子党」(革命元老の子弟)が多いだけに、その声を無視するわけにはいかない。それで「反日」の拳を上げ続けているというわけだ。

 もちろん、習近平という政治家は、前任の胡錦濤と較べれば、「親日度」という点では、かなり落ちる。むしろ「抗日戦争に勝利して中国共産党が建国した」という自負が強い政治家だ。だが「日本=敵」と決めつけるほど単純でもなく、前述のように「この上なく慎重な政治家」なのである。

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