『霊柩車の誕生』 - そして消えゆく今【HONZ】

レビュアー:内藤 順

 そう言えば最近、街中で見かけないなと軽い気持ちで手にとったのだが、読めば読むほど奥が深い。

 本書『霊柩車の誕生』は1984年に刊行。その後1990年の新版を経て、この度三回目の増補新板となった、知る人ぞ知る名著である。路上から消えゆく今を起点に変遷を辿ると、その誕生をもって"終わりの始まり"を意味していたということがよく分かる。

宮型霊柩車(出典:Wikipedia)

 霊柩車とは、文字通り遺体をおさめた霊柩を運搬する自動車のことを指す。多くの人がイメージされる霊柩車は、荷台部分が伝統的な和風建築のスタイルで形づくられ、屋根には唐破風がかけられているものであるだろう。これは通常、宮型霊柩車と呼ばれるものである。

 上半身が神社仏閣系の装飾で、下半身は高級乗用車。この組み合わせ、さては名古屋発祥かと思っていたのだが、どうも大阪に起源があるようだ。誕生したのは、大正の終わり頃の話である。(※名古屋説もあり)

 興味深いのは、この組み合わせを良しとした時代背景である。昭和初期の日本では、鉄筋コンクリート造の現代建築に和風の瓦屋根を載せた和洋折衷の建築様式が流行していた。この帝冠様式と呼ばれるスタイルは、旧様式が解体し新様式が盛りあがる、そのはざまに位置するデザインであったという。そんな時代に、宮型霊柩車は生まれたのだ。

帝冠様式建築の東京国立博物館
(出典:Wikipedia)

 だが帝冠様式の建築物は、昭和のモダニズムとともに、その多くが姿を消した。それなのに宮型と霊柩車という組み合わせは、なぜ消えなかったのだろうか。一方は弔いという聖性を象徴するものであり、一方は近代化による合理主義の権化のようなもの。かたや日本古来のもので、かたや西洋直輸入のもの。

 そのヒントは、一見別々の文脈の上に成立してきたかのように思える上半身と下半身の相関関係にヒントがありそうだ。これを著者は、明治以降の葬送の移り変わりという文脈の中で、解き明かしていく。形態は機能に従い、機能は慣習に従う。すなわち、弔いという風俗の変遷を抜きにして、霊柩車を語ることはできないのだ。