2013.01.31(Thu)

夏の暑い日、誰もいないお堂で阿弥陀仏と30分ほど話しました。
自然と出てきた言葉は「どうか私をお守り下さい」というものでした。

クレハ 小林 豊

週刊現代
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『クレラップ』などの家庭用品だけでなく、医薬品、農薬、電池や自動車部品に使用する高機能材料など、各種化学製品を製造・販売するクレハ。小林豊社長(61歳)は、みんなの前では明るく、しかし時に、独り思慮を巡らす、そんな「経営者の二面性」を秘めた人物だった。

 
夏の暑い日、誰もいないお堂で阿弥陀仏と30分ほど話しました。 自然と出てきた言葉は「どうか私をお守り下さい」というものでした。 こばやし・ゆたか/'51年、栃木県生まれ。'74年に慶應義塾大学商学部を卒業し、呉羽化学工業(現在のクレハ)へ入社。'00年にクレハ・ケミカルズ(シンガポール)の社長に就任、その後、取締役常務執行役員などを歴任し、'12年9月より現職。創業以来の技術力をベースにグローバル展開に取り組む

勘違いも縁

 実家は栃木県の呉服屋です。就職活動の時、父に呉羽を受けようと相談すると「優良企業だ。ぜひ受けてこい!」と勧められたのですが、呉羽化学(現在のクレハ)から内定をいただくと、「違う!!」と言うのです。父は呉服屋だったので、取引があった呉羽紡績を受けろと言っていたのですが、当時はもう、呉羽紡績は東洋紡績に吸収されていて、私は呉羽といえば呉羽化学だと思っていた。

 その後、私は父に別の業界を受けるよう勧められましたが、頑として呉羽化学に入ると言い張りました。なぜなら、化学工業は人類の平和と繁栄に寄与する、私は何か世にない製品を作って社会に貢献する会社に勤める! と決めていたからです。

クレハ道場

 入社後、工場の人事を担当する部署に配属されると、上司に呼ばれ、いきなり「小林豊とは何者ぞ?」と訊かれました。答えあぐねると、上司は「近いうちに答えを見つけて俺を呼べ」と言う。そりゃ、呼びませんよね(苦笑)。

 しかし数日後「いつになったら呼びに来るんだ」と仰る。そこで質問の意味を問うと、上司はこう言った。「今自分がどんな人間で、今後、人としてどうなりたいかという思いは、キミにもあるだろ? それがわからなければ私も上司として指導できない。あくまで会社は人生の道場である。ここはクレハ道場と呼んでいい。この場を通して、キミはどんな人間になりたいんだ?」―先輩は、会社での仕事と、私の人としての目標を重ねてくれようとお考えだったのです。

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