尖閣、竹島「奪還」運動をする人々の「情熱と孤独」
~中国・韓国「ネット愛国者」を訪ねて~ 【前編】

安田浩一(ジャーナリスト)
G2

 「李明博! 聞こえるかっ! 李明博!」

 男が大声で叫ぶ。

 「出てこい、李明博! ここに来て俺の話を聞けーっ!」

 両手を天に突き上げ、拳をぶるぶると震わせながら男は怒鳴りまくった。鬼のような形相だ。

 「オマエは誰のための政治をおこなってきたんだ。金持ちのことしか考えていないんだろう!」

 韓国・ソウル中心部に近い青瓦台(大統領府)の前。任期切れも近い自国の大統領に向けて、洪貞植(62歳)は、たったひとりで抗議活動を始めた。

 「李明博、ふざけるな! 俺はオマエを許さないぞっ!」

 たちまち血相を変えた大勢の私服警察官が駆けつけ、洪の体を四方から押さえつけた。

 「離せ! 離せ!」

 洪は必死の抵抗を試みるが、屈強な警察官たちに押さえつけられてはどうにもならない。

 まるで"FBIに拘束された火星人"のような恰好で両腕をがっしりとまれた洪は、足をバタバタさせながら「李明博! 李明博!」となおも怒鳴り続ける。毎度のことなのだろう。警察官も手慣れたものだ。「はいはい、先生。とにかくここを離れてね」という感じでずるずると洪を引きずっていく。

 ウォー、ウォーと言葉にならない叫び声をあげ続ける洪の後を、私は溜め息を漏らしながら追いかけた。

孤独な愛国者

 洪貞植は韓国で最も過激な「反日団体」として知られる「活貧団」の団長である。

 彼とは日本大使館の前で待ちあわせた。

 毎週水曜日---大使館前では日本軍「慰安婦」問題の解決を求める、「水曜行動」と呼ばれる抗議活動がおこなわれる。1992年から続く水曜行動はすでに開催1000回を超え、元慰安婦の女性や支援団体、学生らで毎回、大使館前の歩道は埋め尽くされる。

 特に竹島を巡る領土問題で日韓の政治関係が悪化した昨年夏以降は、政治に敏感な若年層の参加が増えたという。

 その日も、大使館前は60人ほどの人であふれていた。慰安婦への謝罪と賠償を求めるプラカードが並び、支援団体のメンバーらが日本政府に対する抗議文を読み上げる。若い女性の姿が目立った。スマートフォンで記念撮影を繰り返す彼女らの姿は、政治的な緊張には程遠く、運動というよりはアトラクションに近いノリがあった。とはいえ、日本人がソウル観光のついでに、浮かれ気分で立ち寄るにふさわしい場所でないことは確かだ。

 そこを待ち合わせ場所に指定したのが、他ならぬ洪である。彼が姿を現したのは抗議活動が終わりかけたころだった。

 濃紺のスーツにピンクのマフラー。そして真っ青なネクタイ。傍目にはダンディーなオヤジである。私の姿を確認すると「こんにちは、こんにちは」と日本語で初対面の挨拶をし、人懐っこい笑顔を浮かべながら握手を求めてきた。

 有名人である洪を、警備にあたっている警察官は見逃さなかった。それとなく彼の周囲を囲み、一挙手一投足に鋭い視線を投げつける。警官のみならず、抗議活動の参加者たちも、どこか冷めた目で彼を見ていた。洪の"立ち位置"がなんとなく理解できたような気がした。

 どこかゆっくり話のできる場所に移動しようと話す私を制し、洪は「まずは自分の写真を撮れ」とジェスチャーで示した。

 私の反応を待つこともなく、洪はそそくさとカバンの中から折りたたんだプラカードを取り出し、大使館を背景に立つと、さっとそれを広げたのだった。

 「独島死守」 「Dokdo Is Korean Territory!」 「Dokdo? Yes! Takeshima? No!」

 太極旗や竹島の写真を貼り付けた半畳ほどのプラカードには日英韓の3ヵ国語でゴチャゴチャとスローガンが並べられる。お世辞にもセンスが良いとはいえないが、主張そのものはストレートでわかりやすい。

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