雑誌
「警察発表」だけで報じる新聞・テレビ「痴漢報道」
——JR西日本の重役はなぜ死ななければならなかったのか

「この人、痴漢です!」女性にそう訴えられた瞬間、男は地位も名誉も財産もすべて失う。その「罰の重さ」と比して、新聞やテレビはあまりに気楽に「逮捕」を報じていないか。冤罪かもしれないのに。

「やってへん、やってへん」

 最初に断っておくが、痴漢が卑劣で許されざる行為であることは、いまさら言うまでもない。

 だがもし、痴漢で逮捕された男性が、恥辱に耐えかねて最終的に自死を選んだとすれば、それを「死んで当然」と断罪するのは後味の悪さが残る。

 さらに、万が一それが冤罪だったとするならば、取り返しのつかない悲劇と言うしかないだろう。

 公園の便所で命を断ったJR西日本の重役。その寂しすぎる最期を思うと、痴漢という行為の「罪と罰」のバランスについて、改めて考えさせられる。

 '12年12月21日、午前7時28分。JR西日本執行役員の男性A氏(56歳)は、JR阪和線の駅から普通電車の先頭車両に乗り込んだ。同じ駅から電車に乗ったのはA氏と女子高校生(17歳)、男性会社員(24歳)の3人だった。

 車内はすし詰めというほどではないが座席は埋まっており、ドア付近に3人が立ったまま扉が閉まる。女子高生の右側に会社員、左後方にA氏が立ち、電車は動き出した。

 同7時30分。電車が天王寺駅に到着する寸前、女子高生は右隣の男性会社員の左ヒジを突き、小声でこう訴えた。

「後ろの人、痴漢です。捕まえてください!」

 直後、電車は天王寺駅9番ホームにすべり込む。扉が開いた瞬間、A氏は外に飛び出して猛然とダッシュした。女子高生の訴えを受けた男性会社員が走って後を追う。

 11番ホームへと通じる階段の手前で、会社員がA氏の両手を後ろからつかんだ。はずみでA氏は前方につんのめり転倒。会社員に別の男子大学生も加勢し、A氏を挟み込むように引っ立てた。

「やってへん、やってへん」

 A氏は2度、繰り返した。

 会社員が駅員を呼び、A氏は事務所に連行される。駅員はA氏が自分の会社の重役とは露知らず、110番通報した。

 間もなく鉄道警察官2名と天王寺署員2名が現場に駆けつけ、迷惑防止条例違反容疑で現行犯逮捕。A氏の身柄はパトカーで天王寺署に移送された---。

 確認されている客観的事実は、以上である。ここから先、警察の取り調べは密室で行われ、その内容は容易に知りようがない。

 ところが翌22日のテレビ各局は、A氏の過去の映像を使用して顔と実名をさらした上で、A氏の痴漢容疑を報道した。

 さらに翌日の朝刊各紙も、顔写真は使用しないまでも同じく実名で、A氏の逮捕を報じている。「JR西役員JRで痴漢」と極太文字で見出しを掲載するスポーツ新聞もあった。

 なぜこうして、各局、各紙が「一斉に」横並びで報道することになるのか。

 それは「警察発表」がなされるからである。今回のケースでは、逮捕翌日の22日の午後、大阪府警が記者クラブへのレクチャー、いわゆる「記者レク」でA氏の事件を発表している。そのため、22日の夕方ニュースからテレビ各局が、23日の朝刊で新聞各紙が一斉に報じたというわけだ。

 23日夕方、容疑を否認したまま釈放され、二日ぶりに自宅に戻ったA氏は、それらの報道状況を初めて知ることになる。テレビで自分の顔まで公開されていることに、絶望したことは想像に難くない。

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