『新しいウイルス入門』著:武村政春
核のない生物っていますよね。幸せな連中だ。

 夢の話である。

 ある部屋のがらんとした空間の中に、何か知らない大きな丸いものがある。よく見ると、その大きな丸いものには細かい穴が無数にあいていて、そこから小さな綿くずのようなものが、次から次へと出ては消え、出ては消えを繰り返している。

 部屋の大部分を占めるほの暗い虚空には、虚空とはいえ無数の小さな粒々が、細かく振動しながら浮かび、動き、衝突し、その中のいくつかは、その大きな丸いものの無数の穴から、まるで吸い込まれるかのようにすぽりすぽりと入り込んでいく。

 進歩も、進化も、衰退も、停止も何もない。変化のない、ただ一つながりの連続性だけが存在するモノクロな世界に、ただ一つ変化をもたらすものを持ち込むとするならば、それは「覚醒」以外にはなかったであろう。

 そうして、夢から目覚めた。

 急激に神経細胞のネットワークが脱構築されていく中で、過去を手繰り寄せられる糸をかろうじて見つけたとき、そこに垣間見えたものは、あの大きな丸いものの「意味」そのもの。それは、白く、薄く、叩けばすぐにでも音を立ててひび割れ(bricht auf)、崩れ落ちるであろう、私たちの細胞核(ツエルケルン)だったのだ。

 細胞核とは一体何か。なぜそこにあるのか。なぜそこになければならなかったのか。どうやって、そこに居るようになったのか。インフルエンザウイルスが引き起こした熱にうなされながら、私はそのようなことを考えていた。

 
◆ 内容紹介
ウイルスの基礎的な内容と、最新の知見を平易に解説。あわせて、「生物とは何か」について、ウイルスからの視点で問い直す。