選手生命はWシリーズMVPと引き換えだった
松井秀喜「肉体の師」二人が明かす「もう少しいい選手に」なれなかった

 黒いハーフパンツ姿で上半身裸の大男が治療用ベッドに横たわっている。20代の松井秀喜(現38)だ。そこに短パン、Tシャツ姿の男性が覆いかぶさり、松井の四肢を抱えると、ひねりを加えながら押しては引いて圧力をかけていく。

 雑居ビルの一室で、次に松井は大きな鏡の前に立った。バットを構え、大きく息を吐き、一回ずつポイントを確かめながらスイングを繰り返す。肩から二の腕、脇腹、大腿・・・・・・。松井の筋肉の動きを、男の目が鋭く追う。

「ここ、もうちょっと上げて!」

「そう! そう!」

 時折、グリップの位置や踏み込むタイミングを修正されながら、松井は黙々とバットを振り込んでいく。

*

「もう少しいい選手になれたかもね・・・・・・」

 日米通算507本塁打。20年に及ぶプロ生活に別れを告げ〝ゴジラ〟がユニフォームを脱いだ。引退会見で松井が語った言葉を複雑な思いで聞いた男がいる。理学療法士の市川繁之氏(56)だ。同氏は9年にわたって松井の体を管理し、フィジカルの面からマンツーマンで打撃技術の完成に取り組んでいた。

 市川氏と松井との出会いは'94年2月末のこと。

「長嶋(茂雄)監督の補佐を務めていた人から突然、電話がかかってきたんです。『明日、キャンプ地の宮崎に来てくれ』と。宿舎のホテルで、松井君と初めて対面しました。聞くと、背中を痛めているという。それほど深刻な症状ではなかったけれど、私は『二人きりにしてくれ』とお願いしました。彼の本音が聞きたかったんです」

 市川氏はアジア人初の「国際PNF協会」認定インストラクターでもある。PNFとは、全身を手で触りながら神経を刺激し、脳から筋肉への伝達を活発にさせる療法だ。

 市川氏は、PNFとは何か、どのような効果をもたらすのかを丁寧に説明した。そのうえで松井に、治療を受ける気持ちがあるのかと尋ねた。

「すると彼は『やりたい』と言う。それを長嶋監督に報告すると『じゃあ預けるから』と言われたんです。10日間もあれば治る見込みでしたが、実際は8日間で復帰することができました」

 当時の松井は巨人入団2年目。ケガもあってキャンプは二軍スタートとなったが、治療が奏功し、開幕一軍入り。しかもスタメン出場した開幕戦で2本のアーチを放つという、最高のスタートを切ったのである。