読書人の雑誌『本』
「武士の誕生」著:関幸彦
当世卒論事情─今更ながら「歴史とは何か」

〝卒論〟のひびきにはノスタルジーがある。毎年のごとく年末から年明けにかけては、その卒業論文の提出の時期だ。大学により若干のズレはあっても、文学系の学科があるところは悲喜こもごものドラマがあった。提出を断念して涙を飲んだ者、スベリ込みセーフで間に合った者、そんな情景があった。そう、〝あった〟のである。それこそ三、四十年も前の、筆者の学生時代の話である。

 昨今はそうした場面は少ない。極めてドライだ。傾けるべき情熱は別の所にあるようだ。淡々とした学生気質は、今風に言えば〝ビミョウ〟な世代という表現になる。

「十年一昔」とはよく言ったものだ。「十年」という時間は物事の原理なり原則が融解する区切りのようだ。「世代」の「世」は異体字では「卋」(十を三つ)と書く。要は三十年がさらなる区切りという勘定となる。

 筆者は歴史という学問に携っている関係で、系図をしばしば眺める機会があるが、系図では三代でおよそ百年と算じている。まさに三十年はその意味でもジェネレーション(世代)の区切りということになる。平成生まれの学生たちは異なる世代の若者たちなのだろう。

 それこそ三、四十年前ならば指導教授や先輩たちからは、「君にとって、そのテーマ選択の必然性は何であるのか」という発言が随所から飛んできた。学問をすることの意味―歴史学であろうと、何であれ―を正面切って臆面もなく語ることが可能な幸せな時代だったのかもしれない。

 筆者の世代は学生運動は沈静化の時代だった。ある意味では「バスに乗り遅れた世代」だった。それでも理解できぬままにも、いろいろな議論に参加した記憶もある。

 
◆ 内容紹介
草深い辺境から「都の堕落した貴族」を倒すために現れたのか、それとも武芸を生業とした貴族社会の一員だったのか―。近年活況を呈する武士論の二つの見方を統合し、「武士誕生」の道筋を描く。古代の蝦夷との戦争が坂東の地に蒔いた「武の遺伝子」は、平将門、藤原秀郷らによって育まれ、武家の棟梁たる源義家、頼朝らによって大きく開花した。起源と成長をめぐる新視点。