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新春特大号スペシャル 完全保存版 シリーズ第14弾
大金持ちたちに直接聞いた!大研究 新・ニッポンの富裕層

「売り家と唐様で書く3代目」。江戸時代の昔から、祖父が築いた資産は孫が遊蕩で食い潰すと相場が決まっている。それを乗り越えた名家の秘密とは。反対に没落した2代目社長の苦悩も紹介する。

1,最新版の閨閥で見る「本当の金持ちたち」

 ジョン・レノンの妻で芸術家としても知られるオノ・ヨーコは、一大金融財閥をつくりあげた安田善次郎を曾祖父にもつ、「本当の金持ち」の生まれだ。

 安田財閥の源流は明治13年創業の安田銀行。富山出身の下級武士から身を起こした安田善次郎は、その後、地方銀行の系列化や安田生命などの経営で、金融界の雄へと成り上がった。

「安田家の特徴は、強烈な克己心、社会貢献への使命感、そして家族の絆を大切にすることです。ただ、家族思いと自らの優秀さから、善次郎は自分の指示通り動く番頭を周囲に置き、後継者作りに失敗しています。善次郎の長男は歌舞伎や芸術に精通した教養人でしたが、経営には不向き。そこで東京帝大卒の善三郎を婿養子に迎えましたが、彼は功を焦るあまり実業に手を出して失敗を重ね、勘当されます。この善三郎の子孫にオノ・ヨーコがいます」(『陰徳を積む 銀行王・安田善次郎伝』著者の北康利氏)

 そのオノ・ヨーコの妹が、元世界銀行シニアアドバイザーにして、芸術家の小野節子さん。バンカーと教養人という「安田家の血」を体現したような人物だ。その節子さんがこう話す。

「母は善次郎さんと善三郎を『偉い人だった』と褒めるばかりで、私も誇りを持っていました。ただ、祖父が本家を退いたことには複雑な感情を持っていました。

 ところが、'12年10月に私の彫刻作品が群馬のハラミュージアムアークで常設展示されるにあたり、又従兄弟に当たる安田信さんが資金を調達してくれるなど、積極的に活動してくれました。私たちの世代で、善三郎の子孫である私と、本家の信さんが協力して一つのことをやり遂げたということで、私もうれしいですし、曾祖父も祖父も母も、あの世で喜んでくれているんじゃないかなと思います」

 安田本家は戦後、財閥解体の憂き目に遭い、求心力を失っていく。

 前出の北氏が語る。

「その後、安田財閥は結城豊太郎(後の蔵相)などを入れて立ち直り、善次郎直系の一さんの代までは、安田財閥の総長でした。ただ財閥解体を機に安田色をなくし、銀行は名前を富士銀行とします。サラリーマン社長と違って、10年先20年先50年先を考えている創業家が有効に働けば、社会的信用や積み重ねた人脈で強いサスティナビリティ(持続可能性)を発揮するのですが、富士銀行はしがらみにとらわれない自由闊達さを選んだのです。結果として安田、渋沢栄一という素晴らしい創業者を有する富士銀行と第一勧業銀行も、今は興銀との三行統合でみずほフィナンシャルグループになっています」