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重粒子線でがんを消す 感動と驚愕の記録あなたも治療を受けられる 医者を驚かせた「奇跡の患者」なぜ彼は再発・転移を克服できたのか

ジャーナリスト:吉原清児

 2度の手術でも取り切れることはなかったがん。余命宣告も2度受けた。絶望の中で出会ったのは、痛みもなく切らずに治す「重粒子線治療」。事実、この最先端医療で驚異の回復を遂げた患者がいる。

絶対にあきらめない

「私は現在69歳です。がんが再発して、9年前と4年前には『余命半年です』と宣告されました。その後再発を何度も繰り返し、2度ほど終着駅らしい所へ近づきましたが、なぜかいまでも私は生きております。

 他の病院にお世話になることがあって、私の病歴をみたそこの医師からは、『あなたとここでこうして話しているのは、奇跡のようなものです』とよく言われます・・・・・・」

 メールに長い文面で、あるがん体験者の想いが綴られていた。この主、濱郫良史氏は茨城県在住の男性。サラリーマン生活34年目の58歳のときがんに倒れたが、それ以降、11年余のがんとの闘病人生は凄まじいの一語に尽きる。

 病名は、直腸がん。進行したステージⅣのがんは2度の手術をしても取り去ることができず、骨盤の奥で4度再発、肺への転移が7ヵ所(右肺5ヵ所、左肺2ヵ所)という病状だった。ふつうに考えれば絶望的で、医者がサジを投げても不思議でなかったに違いない。

 しかし重粒子線治療(後述)が功を奏した。再発がんがことごとく消滅したのである。

 事実、最後の治療から丸1年が経過した現在、死滅したがんの残骸がかすかに認められるものの、外来検査では再発の兆しなし。これは〝奇跡〟以外の何ものでもないだろう。

 一体どのようながん治療なのか。だが、それを語る前に、最先端医療の「申し子」というべき、69歳のがん体験者の素顔から---。

 初対面となる濱郫氏本人とつくばエクスプレス線守谷駅前で待ち合わせたのはある土曜日の午後。前日届いたメールでは「髭を生やし、杖をついている」とあった。だが、会う前に想像していた人物像とはまるで違い、ジーパンにアウトドアベスト姿。ゴマ塩頭を短く刈り込み、右手で杖をつく髭面のその男性は身長163cm、体重75kg。色浅黒く小太りのがっしりした体格の持ち主だ。

 1943年1月生まれ。'67年に東海大学工学部機械工学科を卒業後に入社したT製作所は、旧建設省や地方自治体、電力会社などを主な取引先とし、水門・ダム事業関連では大手5社の一つといわれた老舗メーカー。勤続35年。濱郫氏はやり手の技術者だった。

 発病前は、管理職として部下40人をしたがえ、「俺は殺しても死なないぞ」と豪語して憚らないほど健康を自慢していたが、生まれて初めての大病と手術が「がん」だ。