気鋭の政治学者が緊急寄稿
五野井郁夫「安倍首相は国民投票で脱原発の民意を問え」

 原発問題についての民意は、2012年12月の国政選挙で本当に反映されたのだろうか。あるいは、反映されなかったのだろうか。

 この問いの答えを探るべく、東日本大震災後の国際環境の変化と日本での動きを振り返ったうえで、今後、自民党政権が原発をめぐる民意とどう向き合うべきかについて、以下つまびらかにしてみたい。

世界的な脱原発のうねりと日本

 2011年3月11日の東日本大震災と福島第一原発事故によるメルトスルーという過酷事故を受けて、多くの欧州先進国が脱原発へと転換した。ドイツでは、もともと原発推進派であったアンゲラ・メルケル首相が「倫理的な責任を取れない」として早々と脱原発に転じ、同様にスイスでも脱原発の政府決定が下され、そしてイタリアも、いわゆる「原子力のルネサンス」政策を覆して国民投票で脱原発へと舵を切った。ネタニアフ首相率いる右派政権のイスラエルですら、福島第一原発のタービン建屋が爆発した映像を見て原発建設計画を放棄した。2011年の悲惨な事故を契機として、脱原発の民意は各国で即座に反映され、世界的な潮流となっていったのである。

 この未曾有の国難を経験した日本でも、事故後ほどなくして、人びとのあいだに脱原発の機運が高まった。2011年の4月から、1万人規模のデモが東京を中心に毎月行われるようになり、12年にはとくに6月以降、首相官邸前に多くの人びとが集まり、脱原発の抗議を行った。国会議事堂を囲むヒューマンチェーン(人間の鎖)が組織され、しばしば官邸前や国会議事堂前の路上から車道まで「決壊」し、人びとは道路に溢れたものの非暴力を貫いて、抗議が20万人規模で行われた。また、鳩山由紀夫元首相をはじめ多くの首相経験者や国会議員も現場に訪れ、抗議者たちが野田佳彦前首相とテーブルを挟んで意見を伝えたことは、いまだに記憶に新しい。

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