厄年から「キャリアデザイン」を考えてみる

 新年が明けました。おめでとうございます。一時は"マヤ暦の終了"でどうなることかと思いましたが、ちゃんと世の中続いています。人間の認識なんてそれくらいのレベルだってことですね。

 さて、今日は年明けということで、よく話題にのぼる「厄年」という言葉を引き合いに出して、キャリアデザインについて考える試みをします。この時期は、多くの学生が就職活動に頭を悩ませているでしょうし、なんとなく転職を考えているっていう人も多いでしょうから。

 それではいつも通りに、主題とは直接関係のない話から入っていきます(というか、基本的に僕の文章は、いわゆる正解を効率的に獲得するハウツーものとは対極にありますから、何かに急いでいる人は読まないほうがいいと思います 笑)。

地方の営みはいつまで続くのか

 この年末年始、僕は、多くの人がそうするであろうことばかりをしました。

 年末に実家に帰り(富山です)、大晦日にはそばを食べた後に、コタツでみかんをつまみながら紅白歌合戦を見ました。そして年始には親戚一同で集まり、刺身や日本酒などをいただき、地元の友人たちと新年会をしました。例年どおりのことをやっていつも感じてしまうのが、これがいつまで続くのであろうか、ということです。

 親戚との集まりでは、徐々に人が減っています。それは寿命によるものであったり、都市に出ていったせいだったり、または近くにいるけど自分の部屋で食やエンタメを楽しんでしまっているせいだったり、と理由は様々です。とにかく、テーブルや座布団の数の減少が気になってしまいます。

 また、友人たちとの新年会では、酔った勢いで半ば強引に、地元の繁華街へ連れて行かれたのですが、そこでも「これがいつまで続くのかな」と強く感じました。キャバクラの客引きが「今日は若い娘そろっとるがいちゃ」(富山弁)と言うので入ると、ボーイは60歳過ぎのじいちゃんで、「うちで一番の娘を出したげっちゃ」と言われ、出てきたのは38歳の女性・・・。壁掛けモニターには、僕が上京する前に友人の車で観た(に違いない)倖田來未のPVが流れています。

 よくしゃべる女性の話し相手に疲れて店を出ると、タクシーが待機中。運転手は、母と同じくらいの齢のひ弱そうなおばさん。その夜の富山は横なぐりの大雪で、道もデコボコ。おばさんがか細い腕でなんとかハンドルを握っている様子を見て、人生で初めて、タクシーの運転を代わってあげたい、と思いました(もちろん酔っていたので、大人しく後ろ座席におりましたが)。

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