第17回 勝新太郎(その二)
盲目の検校を演じ、初めて本領を発揮。迫真の演技は『座頭市』へ結実する。

 勝新太郎の転機は、昭和三十五年に訪れる。それまで、相応の成績を残しながら、なかなか芽の出なかった勝は、宇野信夫の戯曲『不知火検校』と出会い、はじめて、その本領を発揮した。

『不知火検校』は、宇野が十七代中村勘三郎のために執筆した歌舞伎芝居である。

 貧しい盲目の少年、杉の市は、師匠の不知火検校の使いに出た時、鈴ヶ森で癪に苦しむ男と出会い、助けると称して鍼で殺してしまう。

 殺された男は、二百両という大金を所持していたが、杉の市は殺しの現場を目撃した、生首の倉吉というヤクザに、百両を与える。杉の市の気っ風の良さに感じいった倉吉は、以後、杉の市と組んで悪事を働き、最後には、師匠を殺害したうえ、盲人としては最高位である検校にまで上りつめる・・・・・・。

「眼あきのくせに、悪い事一つ出来ず、せいぜい祭りをたのしむ位が関の山で、じじいになり、ばばあになってしまうのだ」という台詞に象徴されるような、悪の魅力が横溢する作品になっている。

 六代目菊五郎のために多くの戯曲を書いた宇野は、『人情噺小判一両』、『江戸の夢』、『人の世の川』など世話物を得意としたが、悪人が大活躍する作品は、特異だ。

 昭和三十五年五月、大阪の新歌舞伎座で『不知火検校』が再演された時、宇野はパンフレットに、こう記している。「悪い人間というものは、(略)見るから愛敬のある人が、びっくりするような悪い人間であることがある。そういう人は、平気の平左で悪い事をして、知らん顔をしている、びっくりするような悪事を働いて、ニコニコしたり、どこを風が吹くか、というような顔をしている―そんな人間を、前々から書いてみたいと思っていた」(『宇野信夫戯曲選集 世話物』)

不知火検校』は、森一生監督、脚本、犬塚稔で映画化された。

 クランクインの前、勝は盲学校に通い、盲人たちの動き方、喋り方、独特の間と表情を、丹念に観察して、自分の物にしたという。

 そして撮影がはじまると、毎日、床屋に行って頭を剃って貰った。