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安藤: 「処女厨」って何ですか?

宮台: 女の子が処女じゃないと気が済まない馬鹿って意味です。

安藤: はぁ~(笑)。

宮台: 感受性の問題じゃなく、単に頭が悪すぎるんです。「処女厨」って、結局は価値が減るものしか相手にできない。それでは何も味わい尽くせない。18世紀末からのフランス恋愛文学では、あらゆる汚れが積み重なる中でこそ絶対に失われないピュアさが描かれるでしょう?

安藤: 年齢を重ねるほどいい女ということですね。

宮台: そう。これまた〈往相還相〉です。憧れの女が処女じゃなくなったら終わるのか? 頭が悪すぎる。感性も鈍いと思うけど、それ以前にマトモに頭が働くかどうかの問題。そういう阿呆がのさばるのを見ると、この社会も終わりだなとつくづく思います(笑)。

日本人は、美風を失わずに騙されにくくなれるのか

安藤: ええと、ちょっと話を戻しますと(笑)、おっしゃる通り、昔からノマド的な働き方をしている人たちはいたでしょうし、ノマド的な考えを持った人たちもいたと思います。ただ、それがここ1~2年くらいで、いろいろな意味で多くの人の関心を集めていますよね。このことは、今後の日本人の何とリンクしていくんでしょうか。

宮台: 経験です。16歳でいろんな国を回るという経験をすると、日本の国境内で行われるゲームのローカル性がわかるようになります。むろん、ローカル性には良い面もある。かけがえのない面もある。だとしても、かけがえのなさ自体がローカルであるところから来ています。

 でも、ローカルなゲームの中での喜怒哀楽が本当は何を意味するか。どんな意味でかけがえがないか。それは、世界に出て大きな文脈の中で考えないとわからない。各国を回れば、世界標準のゲームなどなく、各地にローカルなゲームがあるだけだとわかってくるでしょう。

 アメリカのやり方がグローバルスタンダードだとか言われるけど、所詮はローカルなスタンダードが影響力を強めただけ。それはともかく、ローカルごとの喜怒哀楽や美意識や善悪意識があるとわかると、今度はそれが人々の人格の構成要素になっていることが見えてきます。

 すると、自分が見えるようになる。「ノマド的」な人が増えることは、そうした経験を積んだ人が増えること。「ノマド的」な言葉が流行るからじゃなく、あくまでグローバル化を通じて「ノマド的」な人が増えていかざるを得ない。これは長期的には不可逆な流れです。

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