弱くても勝てます 開成高校野球部のセオリー【HONZ】

レビュアー:土屋 敦


 いきなり言い訳になってしまうが、高橋秀実作品の面白さをレビューで伝えるのは、実は難しい。構成は徹底的に練られ、すべての章、すべての文が有機的につながっていて、その一部を取り出したところで、本全体が醸す、なんともいえない、そこはかとない面白さを伝えることができず、もどかしい気分になる。

 なので、こう書くしかない。本書はとびきりに面白い。近年の作品の中では、一番ではないだろうか。もちろん小林秀雄賞を受賞した『ご先祖様はどちら様』も面白いし、『おすもうさん』も、「R25」に連載していた『結論はまた来週』も素晴らしい。しかし、それらを越えて、本書が、なんというか、一番しっくりと来る面白さだと思う。もしこのレビューを読んで面白い本だなぁと思ったとしたら、この本は、その何倍も面白いことを保証する。

 著者が今回取り上げるのは開成高校である。

 開成高校といえば、なんといっても「東京大学合格者数第一位」。生徒の4~5割が東大に行く、「賢い学校」という印象がある。その野球部と聞けば、さぞかし弱いだろう、とまず想像してしまうのだが、東京都大会でベスト16まで勝ち進んだという。すごい。でも、なぜ? と疑問も湧き上がる。

 本書のタイトルおよびサブタイトルによれば、「弱くても勝てるセオリー」があるらしい。きっと体力や練習時間、設備などに劣る超進学校の面々が、数学や物理を応用し、頭脳プレーやら高度なサインプレーやらを駆使して勝ち上がってゆく、そんな本なのだろう、と想像したのが、実際にページを開いたら、そんな安易の想像はまったく間違っていた。

 まず、開成高校が平成17年全国高等学校野球選手権大会の東東京予選の戦績を見てほしい。

『弱くても勝てます 開成高校野球部のセオリー』
著者:高橋秀実
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1回戦 開成10ー2都立科学技術高校(7回コールド)
2回戦 開成13ー3都立八丈高校(5回コールド)
3回戦 開成14ー3都立九段高校(7回コールド)
4回戦 開成9 ー5都立淵江高校
5回戦 国士舘高校10ー3開成(7回コールド)

 なんというか、ものすごく大雑把な感じがしないだろうか?緻密さに欠ける、というか、もっと言ってしまえば、「賢さ」をまったく感じさせないスコアだ。著者はこう書く。「野球は9回裏まで何が起こるかわからない」という決まり文句があるが、開成の野球には9回がないのである、と。

 著者が開成高校の練習を見に行った際の、最初の感想を記しておく。

下手なのである。
それも異常に。

 内野ゴロが野手の股の下を抜け、球拾いをしている選手の股も抜け、壁にぶつかるまで転がり続ける。フライの落下点を誤って後逸し、走塁すれば足がもつれそうになる。キャッチボールでさえエラーするので、いつ球が飛んでくるかわからず、百戦錬磨の著者をして、「危なくて気が抜けない取材」だったという。

 レフトを守る3年生は言う。

「内野は打者に近い。近いとこわいです。外野なら遠くて安心なんです」