経済の死角

震災遺族として―黄川田徹(復興副大臣)「誓いの選挙戦」に密着

2012年12月22日(土) フライデー
friday
upperline
粉雪が舞う中、住人が少ない山間部でも丹念に回り、名前を連呼する選挙戦を展開した(12月10日)〔PHOTO〕結束武郎

 黄川田徹復興副大臣(59、岩手3区)が、スーツの内ポケットを指差して「これを見て」と言った。そこに縫いつけられていたのは、「W. Mitsui」との刺繡。スーツは、国会で席が隣の三井辨雄厚生労働相(70)の〝お古〟だった。

「震災直後、家も何もかも流され、着るものもありませんでした。『(洋服の)青山に行ってスーツを買わなきゃ』と話をしたら、『こんなんでよければ』と三井さんが夏物・冬物あわせて10着ほどくれたんです。だから、ほら・・・・・・」

 微笑みながら黄川田氏が視線を落とした先に、折り返して丈を詰めたズボンの裾が見えた。12月10日、黄川田氏が岩手県陸前高田市の事務所で、本誌に選挙戦にかける思いを語った。

 昨年3月11日の大津波は、黄川田氏から義理の両親、妻の敬子さん(享年51)、そして長男の駿一さん(享年29)を奪った。公設第二秘書の菊池章太さんも、黄川田氏の家族とともに波にさらわれた。自宅が被災した黄川田氏は、震災から1年9ヵ月が経った今も、仮設住宅で暮らす。黄川田氏は亡き家族について、多くを語ろうとはしない。

「家族に対する想いを聞かれても困るんだよ。これは現実だ。本当に大変な目に遭った人は、何も言わない。『亡き家族のために頑張ります』なんて言わない。まして私は、家族のために政治家をやってきたわけでもない。被災地ではみんな、家族や親戚を失った。辛い目に遭ったのは私だけじゃない。だから、軽はずみに感想なんて言わない。言えないんだ」

 そんな黄川田氏を支えるのが、末娘で大学4年生ののぞみさんだ。震災当日、高台にある自動車教習所にいたため、被害に遭わずに済んだ。

「これまでは事務所でお茶を出すくらいでしたが、今回の選挙から、娘が積極的に手伝うようになりました。口には出さないけれど、〝自分が母ちゃんの代わり〟という自覚が出てきたんだと思います」

次ページ  本誌は黄川田氏の選挙戦に密着…
1 2 3 次へ

このエントリーをはてなブックマークに追加 RSS
関連記事

最新号のご紹介

underline
アクセスランキング
1時間
24時間
トレンドウォッチ
編集部お薦め記事