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大反響 日本の大金持ちシリーズ 第13弾
他人には言えない「大金持ちの相続」

第1部 名家・資産家だけが知っている「逃税」テクニック
普通にやったら3代で無一文

 江戸時代、収穫の半分を取られる「五公五民」に庶民は不満を抱き、六公以上になると一揆が起こるといわれた。最高税率50%の相続税は、さながら五公五民。大金持ちは現代版一揆を始めていた。

国税に「城」をとられる!

 愛知県犬山市。木曽川のほとりの小高い山の上に建つ犬山城は、室町末期の1537年に織田信長の叔父・信康によって築造された。現存する日本最古の天守を持つことで知られ、1935年に国宝に指定された一級の文化財である。

 実はこの名城は、国でも自治体でもなく、個人によって私有されてきた。尾張徳川家から拝領し、以後、廃藩置県で県の所有になった一時期を除いて、この城を代々守り続けてきたのが成瀬家である。

 成瀬家12代当主の長女・成瀬淳子さんが言う。

「徳川家康公の家臣で尾張藩付家老の成瀬正成が1617年に入城して以来、われわれ成瀬家が城主として犬山城を守ってまいりました。成瀬家の城主は代々、犬山城に何かがあったら腹を切るという覚悟を持ってきました。私たちの命の前に犬山城がある、自分たちが全財産を失っても犬山城は守らなければならない。私もこうした教えの下に育てられてきました」

 江戸時代からの主従関係と武家の精神にのっとり、城を守り通す。

 そんな「名家」の意気込みに水を差したのが、国税当局だ。

 成瀬家は城だけでなく、6000点以上にのぼる古文書から、数百点はくだらない工芸品、武具、絵画を所有。教科書に出てくるほど有名な『長篠合戦図屏風』『小牧長久手合戦図屏風』、重要文化財指定の左安吉作の脇差などもあり、その資産価値を合算するととんでもない額に膨れ上がる。

 故に一族は、莫大な相続税の支払いに追われてきた。

「12代当主の父・正俊が、11代当主の祖父・正勝から相続を受けた際には、相続税額が1億円ほどにのぼりました。10年の分割払いで、土地を売るなどしてやっとのことでこれを払い終えたのですが、その直後、今度は祖母が亡くなって、再び1億円の相続税の支払いを求められました。

 父は明るい性格の人間でしたが、このときばかりは『税務署は、同じ城に二度も税金を払わせるのか!』と文句を言っていました。赤旗(共産党の機関紙)に『重税と闘う城主』と書かれたこともあったようです」