イトマン事件の主役・許永中受刑者が日本を脱出! 人に弱みを見せない「闇の帝王」が韓国での服役を望んだ背景とは

 バブル期を代表する大型経済事件のひとつだったイトマン事件の主役が、韓国での服役を希望して、12月13日、日本を"脱出"した。

 許永中(65)---。

 1999年11月の逮捕から約13年が経過、過去に保釈中に海外逃亡していた前歴があるため、この間、一度も保釈を許されず、「塀のなか」にいた。

 そういう意味では、人々の記憶が薄れた"過去の人"ではあるが、「在日」「同和」といった差別問題が今以上に存在、「暴力団」「総会屋」「行動派右翼」といった勢力が力を保持できていた時代、彼ほどうまく差別やタブーや暴力を利用してのしあがった人間はいない。

 そうした大物仕事師としての"実績"を持ち、細くなったとはいえ政界、実業界、在日社会にそれなりのパイプを有し、14年9月の満期出所まで2年を切っている今、なぜ在日に与えられた「特別永住者」としての"永住権"を捨てて、出国したのか。疑問を呈する人は少なくない。

許永中が韓国行きを望んだ理由

 許が望んだのは、国際受刑者移送制度である。受刑者が希望し、法務大臣が相当性を判断して決裁、相手国が受け入れを表明すれば、移送される。ただ、誰にでも適用されるわけではなく、年平均25人という"狭き門"である。

 許は、この制度を知り、早くから韓国での受刑を望んでいたが、これまでは認められず、移送が決まったのは今年の春頃だという。今回は、決裁権者の滝実前法相が、政界引退を表明、思い切った決断をしやすい時期だったために、「なんらかの政治力が働いた」という憶測も流れた。

 そこまでして移送にこだわった理由を、親交がある許の知人はこう説明した。

 「まず、公判中、2回にわたって倒れたことが証明するように、心臓に持病があって体調が良くない。また、残りの刑期といっても、韓国には恩赦の制度もあって、早期釈放されるという計算がある。それに、彼には保釈逃亡中に親しくなった韓国人の愛人がいて、男の子を生んでおり、一緒に暮らしたい。だから、とにかく早く出たかった」

 許は、人に弱みを見せる男ではない。面会に来た親族、友人知人には、事業への夢を語り、話のうまさで魅了する。

 「体調はどうですか」

 こう聞かれると、スリムになったハラをさすりながら、「いや、健康になりました。メシもうまいし、いろいろ勉強しとりますわ」と、元気なところを見せるのだという。

 つい1ヵ月前の『週刊新潮』(11月15日号)には、すっかりスリムになり、「これからはエコロジーの時代です」と、環境問題に詳しくなった許の動向が記されていた。

 また、面会に行って「人生最後に、北朝鮮の資源を利用したビジネスをやろうと思っているんですわ」という仕事への"想い"を聞かされた人もいる。

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