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死ぬ瞬間はこんな感じです。死ぬのはこんなに怖い
医者は本当のことは言いません

生きたまま火葬される恐怖

「小学校2年生のとき、『自分が死ぬこと』ばかりを思って、毎晩のように泣いていました。たとえ死んでも、人の意識はしばらく肉体に留まっていると考えていたからです。その状態で火葬されれば、棺が炎に包まれて、棺の中にいる私に刻々と迫ってくる。あるいは、土葬で埋められた私の体中に蛆が湧きはじめる。それを思うと恐ろしくてどうしようもなかったんです」

 そう語るのは芥川賞作家で臨済宗妙心寺派福聚寺の玄侑宗久住職だ。

 人は必ず死ぬ。たとえ、どんなに老いに抗い、健康を維持しようと努めても、死は万人が受け入れざるを得ない宿命だ。

 では、死ぬ瞬間とは一体、どんなものなのか。暗闇に入るものなのか、痛いのか、何も感じないのか。

 日本では年間約100万人が亡くなっている。しかし、その瞬間を正確に伝えてくれる人はもちろんいない。だからこそ、誰にとっても未知の領域に属する「死」は怖いと言える。そんな死について少しでも実感するため、次に紹介するALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者のケースを知っておくことは貴重だろう。

 ALSの罹病率は10万人に一人。ある日突然、身体に異変が起こり始める。原因不明、治療法はなく、全身の筋肉が不随になり、最後は呼吸筋も働かなくなってしまう。

 言ってみれば、ALS患者にとっての日常は、常に昨日までできたことができなくなってしまうことを自覚する日々でもある。意識と思考は鮮明なのに言葉を話すこともできなければ、食事も排泄の処理もできない。嚥下機能が失われているため、周囲は24時間、痰や唾液の吸引に追われる。中には「死にたいと思っても自殺することすらできない」という患者もいるのだ。

 相愛大学人文学部教授で浄土真宗本願寺派如来寺住職の釈徹宗氏がALSを患った知人男性について語る。

「以前はわずかに動く右手を使い、一日1行だけ日記を書いていましたが、今はそれもできない。彼は天涯孤独の身で多くの人たちの助けを借りながら、生命を維持し、毎日、ただ瞑想をしています。瞑想がうまくいくと『明日も生きよう』という気持ちになる。そうやって、彼は毎日を懸命に生きているのです」

光に包まれた世界が見える

 このように死の一歩手前で踏みとどまり続ける人々がいれば、医師から死亡宣告された状態から生き延びた人もいる。

 バイクで走行中、信号無視の車に突っ込まれて転倒し、対抗車にも轢かれた40代男性のAさんは脳挫傷と大腿部の複雑骨折を負った。